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教訓、二十九。君子は豹変す。 1

 シークは怒っているボルピスの前で、小さくなって片膝をついたまま、敬礼して座っていた。王は、シークを隣室のさらに奥の物置部屋に連れて行った。侍従のナルダンさえ外に追いやり、本当に二人っきりで相対している。文字通り小さくならなければ狭いのだ。

「この、馬鹿者が…!」

 小声で王はシークを叱った。

「大勢の前であんなことを言いおって…!大勢の前であんなことを言い出せば、私もお前を(ばっ)しない訳にはいかんだろうが。」

「申し訳ありません。」

 王はため息をついた。明かり取り一つの部屋で(ほこり)っぽいし、どことなくかび臭い。

「だが…。まあ、結果として悪くない。お前を見くびっていた。あそこまで愚か者になれるのだと思わなかった。」

「陛下、買いかぶりです。私は任務を忠実に行うしか能がないのです。」

 先ほどの怒りはどこへやら、ボルピスは静かにシークを見つめた。

「任務を忠実に行うしか能がないか…。だが、そこまで忠実には、普通は行えないのだぞ。いろいろと考えてしまうからな。」

 ボルピスはふうと息を吐いて、さらにじっとシークを見つめた。

「全く、お前という奴は。まあいい。これからもグイニスを頼むぞ。」

「はい。」

「とりあえず、お前にはグイニスに剣術も何も教えてはならないと、表向き言っておく。表向きそう言っておくが、好きにせよ。グイニスにはお前がいつでも、グイニスを殺せる立場にあるのだと思わせておく。

 あの子は素直すぎる。表向き、(きび)しい態度を取っておかねば、かえってあの子の命を縮めることになるだろう。特にカルーラが許すまい。そして、兄上についていた者達もグイニスを捨てる。グイニスの味方がいなくなる。」

 そこで、ボルピスは一息ついた。

「お前の言うとおりだ。私は、私があの子を害さないために、あの子をセルゲス公にして生かしている。お前の言うとおり、万一のためだ。

 王としてあの子を殺してしまった方が、将来の禍根(かこん)を残さないのではと思う一方で、同じ王としてタルナスに万一のことがあった時、代わりになる器を探したら、あの子以外にいないのも事実だ。

 私の中途半端な判断が、内戦の可能性を高める危険も十分に承知だ。だが、将来に何があるか分からない。お前の指摘どおり、グイニスを殺しても謎の組織が暗躍している以上、グイニス以外の器を立てて内戦を画策する可能性も大いにある。

 だから、それらのことを考えた上で、私はグイニスを生かす選択をした。それに、八大貴族に権力を与えすぎないためでもある。反対勢力をある程度、残しておかねばならん。

 私は表向き、グイニスとお前には厳しい態度をとり続ける。だが、グイニスには気づかせるな。グイニスにとって、私は冷酷な王で叔父でなくてはならない。

 そうでないと、グイニスは私を恨むことすらできなくなる。優しい子だ。私の半端な優しさなどを感じたら、あの子は憎むことも恨むこともできなくなって、壊れてしまうだろう。」

 ボルピスはシークを鋭い目線で見つめた。

「どんなことがあっても、グイニスには私が冷酷な王で叔父であると思わせろ。本当はどう思っているなどと、決して口に出すな。もし、気づかせたら…私はお前を決して許さん。私は冷酷な王だと言っておいたはずだ。

 お前が心から、グイニスを(いつく)しんでいると分かったから、こんなことを命じている。お前自身もグイニスに嫌われる覚悟を持て。グイニスがお前を嫌いだと言っても、やり遂げよ。」

 シークはボルピスから若様に対する、(あふ)れんばかりの愛を感じた。そして、もしかしたら自分の父も同じなのかもしれないと初めて思った。だから、もしかしたら王はシークを選んだのかもしれない。そして、シークは若様に関して一つのことを確信した。

「タルナスは…あの子は強い子だ。私が何か言わなくても、少し道筋を整えて方向を示してやれば、勝手に自分で進んで切り開くことが出来る。孤独にも、不名誉にも耐えられる子だ。

 見識の狭い所は気づいたようだから、これから意識して気をつけていくだろう。様々なことを学んで視野を広げるしかない。もっと、国中のいろんな場所に行けるといいが、なかなかそのような機会もなく作ってやるしかない。

 だが、グイニスの場合は違う。あの子は繊細(せんさい)で優しい。覇道(はどう)を歩かせると、必ず傷ついて立ち直れなくなる。なかなか王道を歩める王はいないのだ。だから、グイニスは本当にタルナスに何かあった時にしか、王位に立ってはならない。

 私が生きている間にタルナスを育てるしかなく、時間が足りない。私はだから、グイニスをあちこちに行かせるつもりだ。グイニスのいる所にタルナスを様子見も兼ねて行かせる。そうすれば、タルナスにもグイニスにも国の様々な場所を見せることができるだろう。」

 シークは王が焦っているように思った。

「…陛下は病を得ておられるのですか?」

 話が途切れた所でシークは尋ねた。ボルピスがびっくりした様子で、シークを見つめる。

「陛下からは、死ぬ前に息子《《達》》のためになんとかしようとしている親の愛しか感じられません。二人の子《《達》》のために、なんとかしようとしている、溢れんばかりの愛が胸に迫ってくるのです。」

 シークは王の気持ちが伝わってきて、胸が痛かった。


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