教訓、二十八。王と叔父は違う。 12
ボルピス王は深く頷くと、一度目を瞑ってから息を吐き、目を開くなりシークに命じた。
「では、隣にいるグイニスを、今すぐ斬れ。」
「!」
グイニスもそして、その場にいた全員が息を呑み、硬直してその場の空気が一気に緊張した。そんな中、ただ一人、シークだけが覚悟を決めていたように、落ち着いていた。
グイニスは震えながらシークを見つめた。本当なら、気絶してしまいそうなほど、恐くて悲しくて胸が苦しかったが、シークの落ち着きが、グイニスも落ち着かせた。殺されるかもしれないのに、信じたかった。
(どうか、殺さないと言って…。天の神様、どうか彼が殺さないと言ってくれますように。)
グイニスは心の中で必死に願う。耐えられずに涙が勝手にこぼれ落ち、顎から床に落ちていった。
「陛下、それはできません。」
「!」
シークの答えに王も含めて全員が彼を凝視した。
「…できないだと?今、私の命を聞くと言ったではないか!その口で言ったのだぞ!」
しばしの驚愕の後の王の怒りに誰もが緊張していた。だが、シークはさっきまで、彼自身も微かに震えていたのに、さっと顔を上げて王の顔を直視した。恐れるものなどないように。
「陛下。恐れながら、私は今、陛下のそのご命令を全うすべく発言致しております。」
ボルピスの眉根がぎゅっと寄る。
「何?貴様、私の命を勘違いしておるのではあるまいな?」
「勘違いではありません。ただ、昨日のご命令をここで、口に出して申し上げてよろしいのでしょうか?」
「構わん、言え。グイニスがいても気にするな。むしろ、聞かせるのだ。」
王は冷酷に命じた。シークは少し息を整えてから口を開いた。
「仮に王太子殿下が、セルゲス公殿下に全てをお返しなさろうとされた場合、それを阻止せよとお命じになられました。王太子殿下のそのご行動により、内戦になる可能性があるため、内戦を阻止するためならば、どのような手段を用いても構わぬ、私が仮に除隊しようとも関係なく、その命令を全うせよと仰いました。」
グイニスは息が止まりそうだった。そんな命令を叔父のボルピスはシークにした。その理由をグイニスは分かっていた。グイニスが慕ったからだ。グイニスが慕ったから、叔父は容赦なく彼を取り上げた。そんな、重い命令を彼一人に与えて。
「そうだ。分かっているではないか。なぜ、できないと言うのだ?タルナスが返そうとしたわけではないが、今、グイニスを殺せば、今後内戦の憂慮はなくなるであろう。」
シークはじっと考えていた。グイニスはシークから目を離せなかった。叔父の理論は正論だ。そう簡単に反論できる人はいない。
「恐れながら、陛下。陛下の仰ることは正論でありますが、矛盾があります。セルゲス公殿下を斬った所で、真に内戦の憂慮が消えるのでしょうか?」
シークの反論に叔父は、冷厳な態度で言い放つ。
「ほう。どこに矛盾があるか、私を説得してみせよ。」
「もし、仮にセルゲス公殿下を斬ったとして、セルゲス公殿下に正当性があると思っていた人達がみな、陛下に反発致します。さらに、王太子殿下も陛下に反発なさいます。
そして、陛下のなさったことに反発している人々は、王太子殿下以外の王族の誰かを擁立し、反旗を翻すのではないでしょうか。
そうなれば、今より状況は悪化します。一気に内戦の危機が高まると私は考えます。ですから、私は今の陛下のご命令を実行できません。
そして、陛下。陛下は、それを阻止するために、グイニス王子殿下に、セルゲス公の位を授けられたのではないのでしょうか。」
「…何?」
黙って聞いていたボルピスの表情が険しくなる。グイニスは怖くてたまらなかった。シークが殺されてしまわないかと。
「なぜ、そう思う?申してみよ。」
「…恐れながら、陛下。王族は数多けれども、王たる器はそう何人もいらっしゃらいないかと存じます。そのため、もし万が一、王太子殿下に何かあった時のため、陛下はグイニス王子殿下にセルゲス公の位を授けられたのかと。」
ボルピスが椅子の肘掛けをぎゅっと握って、怒りを静めているのが分かった。グイニスはどうしたらいいのか、分からなかった。心臓が早鐘を打って、口から飛び出しそうだ。
(お願い、もうしゃべらないで…!これ以上しゃべったら、叔父上に殺されてしまう…!)
震えながら必死に、シークを見つめた。視線に気がついてこっちを振り向いて貰えるように。だが、シークは叔父と視線を交わしたまま、そらそうとしなかった。
「……お前は今、何を言っているのか、分かっているのか。先日言ったであろう。気分次第で殺すかもしれんと。お前を今、殺せと命じるかもしれんのだぞ。」
「恐れながら、陛下。陛下は今、私を殺すことができません。先ほど、私に与えられました命令は、どのようなことがあっても変わらないと仰いました。」
シークの言葉に、その場にいた全員が凍りついた。
「……そのために、言質を取ったのか?」
王の声は低く唸る猛獣のようだった。
「恐れながら、陛下。そのつもりはありませんでしたが、結果としてそうなってしまいました。申し訳ございません。」
「お前を処刑すると決めたらどうする?」
「恐れながら…。」
シークが言いかけた所で、ボルピスが立ち上がった。
「黙れ…!何が恐れながらだ…!お前は恐れながらと言いながら、ちっとも恐れておらんではないか!」
叔父である王の怒りの咆哮に、グイニスはあまりの恐怖で、気が遠くなりかけた。気がついたらフォーリが来て支えてくれていた。それだけで安心した。
ボルピスは怒鳴った後、一息ついてもう一度、椅子に座った。
「それで、私が処刑すると言ったら、お前はどうするつもりだ?」
「陛下。もし、陛下が私を処刑なさる場合、まずは私に下されましたご命令を全て、取り下げて頂きたく存じます。その上で私に死罪をお申し付け下さい。そうでなければ、私は素直に陛下の死罪を承ることができません。」
その場にいた特に貴族達から『あぁ、なんとくそ真面目なことを…。』という言葉が漏れそうだった。
「もし、私がそうすれば、受け入れると?」
「はい。数日、死罪の日が延びただけです。その通りに致します。」
シークは言って、頭を垂れた。ボルピスはそんなシークをじっと見下ろしていたが、やがて一つ、大きなため息をつき、立ち上がった。
「ヴァドサ・シーク、ついて参れ。隣室に行く。」
つまり、二人だけで話があるということだ。
「はい。…あ、陛下、武器などを今、外します。」
すでに歩き出していたボルピスは、くるっと振り返ってシークを睨みつけた。
「そんなものはよい!さっさと来い…!」
「は。」
急いでシークは立ち上がり、怒って歩く王の後をついて王の侍従のナルダンと共に隣室に入っていった。
残された者は生きた心地がしなかった。三人の姿が消えてから、思わずみんな脱力しながら大きく息を吐いたのだった。




