教訓、二十八。王と叔父は違う。 11
静かに歩く気配と足音がしてグイニスの隣に立つと、片膝をついて敬礼した。正装のマントがさっと床に広がる。グイニスはシークの声が幻聴ではなかったことに驚いた。シークの顔色は、前より良くなったとはいえまだ悪い。
グイニスは叔父のことを気にしながら、こっそり横を向いてシークを見やった。彼は国王軍の制服がよく似合う。それが正装を着ると余計に似合っていてかっこいい。
「ヴァドサ・シーク。なぜ、ここに来た?ラブル・ベリーが許しそうにないが。まだ、歩くどころではないはずだな。」
「陛下がこちらにいらっしゃってから…一度も、まともにご挨拶申し上げておりません。せめて、お帰りになる前に、ご挨拶申し上げたく、勝手に参りました。申し訳ございません。」
その時、別の気配が出入り口でした。ベリー医師がやってきたのかもしれない。
「やはり、ラブル・ベリーの顔を見れば、お前が勝手を言ったのだろう。挨拶は免除した。さっさと戻って休め。」
「お気遣い下さり、感謝申し上げます。ただ…陛下、今日はもう一つ、願いがあって参りました。」
「願い?」
グイニスはハラハラした。王である叔父の表情が険しくなったからだ。
「分かった。申してみよ。」
「感謝致します。実は昨日、陛下が私にお命じになりました件のことです。あまりに重大なことゆえ、さらに伏せっておりましたがゆえに、まさか、夢だったのではないかといささか心配になり、ご無礼を承知でありますが、陛下に今一度、仰って頂きたく勝手にお伺いしに参りました。」
ボルピスの表情が和らいでグイニスはほっとした。
「そのことか…。昨日のことで私と近しくなったと思い込み、何か要求してくるのではないかと思ったぞ。」
「……。」
「なぜ、何も言わん?」
「恐れながら、何か要求するとはどういうことかと思い、考えておりました。陛下に私的なことを要求するなど考えたこともなく、そのようなことは不適切かと存じます。」
シークの答えにボルピスは一瞬、目を丸くしてから笑い出した。
「…なるほど。やはり、お前は面白い男だ。お前のかつての上司の顔が青ざめているぞ。バムスやシェリアの顔もこわばっている。ラスーカとブラークの顔さえ緊張にみなぎっておるわ。なぜだか分かるか?」
「…恐れながら、愚かな私にはなぜなのか、見当もつきません。ただ、勝手に参上致しまして、昨日のご命令について、今一度、陛下にお尋ねしたことのせいかと考える以外にありません。」
ボルピスは頷いた。
「そうだ。それ以外にない。」
「……。」
ボルピスはしばらく無言でシークを眺める。そして、シークも黙ったままだった。息をすることさえ苦しくなるような、緊張に満ちた空気にその場が支配されている。
グイニスは隣で震えながら立っていた。叔父に下がれとも言われていないし、動いていいものかどうか分からなかったのだ。
「ヴァドサ・シーク。大抵の者は先ほどの会話の後、謝罪して下がるのだ。」
重い沈黙を破ったのは王だった。
「陛下、私は愚鈍ゆえ全く気がつきませんでした。」
そう言って、片膝をついて敬礼のままじっと座っている。
「……分かった。」
とうとうボルピスは笑いながら頷いた。
「ヴァドサ・シーク。昨日、私がお前に命じたことは、全て夢ではない。現実にお前に命じたことだ。」
「…恐れながら、真に本心でございますか?」
「そうだ。」
「どんなことがあっても、取り下げられることはないと?」
「そうだ。私が命じた以上、取り下げることはない。」
王ははっきり明言した。グイニスは震えていたが、よく見ればシークも微かに震えていた。一体、何を命じられたのだろう。グイニスは不安になった。
「承知致しました。このヴァドサ・シーク、陛下のご命令を全身全霊を持って、命を賭けて全う致します。」




