教訓、二十八。王と叔父は違う。 9
グイニスは涙を拭いた。
「……よ…よかったね。」
『はい。ですが、師匠に言われました。国王軍に入ってからが本番だと。どこに行っても、私は同じ事で苦しむことなると。実際、そうでした。私が話せないことで、私はいつもいじめられました。
何度も苦しくて、やめようと思いました。でも、そのたびに先生のことや、師匠のこと、一緒に学んだ友人二人のことを思い出して、踏みとどまりました。
そんな時に隊長の噂を聞きました。隊長はその頃、教官をしていたのですが、どんな者にもへつらわない、遠慮なしの鬼教官として有名だったんです。』
「……お…に…教官?」
「大変厳しい先生だということです。」
グイニスの質問にフォーリが答えてくれた。ジルムが頷いた。
『どんな貴族の子息だろうが、金持ちの子弟だろうが、関係ありません。一族親族を含めれば、隊長が教えなかった有名どころの家系というのは、自分の家のヴァドサ家の人達だけだと思います。
ヴァドサ家以外の十剣術、八大貴族の子息達や身内親族、ジンナ家やトベルンク家といった大金持ち、地方貴族の子息、もう関係ないです。
実は私は休みの日に、こっそり見学に行ったんです。国王軍に入って、一人友人ができました。彼は今は怪我で除隊してしまいましたが、当時は私と一緒にいてくれた唯一の人です。彼と一緒に鬼教官ヴァドサ・シークの新兵の指導を見に行こうと行きました。
その頃、隊長はそんなことで有名になっていて、休みの者達が見学に行って立ち見ができていたんです。』
「……どう…だったの?」
グイニスは興味がわいて聞いてみた。
『とっっっっっても恐かったです。友人二人と震え上がりました。私達が見学に行った時、故郷の街で一番のワルだったから威張っている図体のでかい若者と、ロキック家(木材で財をなした大商人の家系。)とトユカ家(山師でありとあらゆる鉱山主の家系。)の傍系で威張っている若者達がいました。
その三人が、当時は教官だった隊長の指示に従わず、怒らせていたんです。隊長は、自分より大きな図体も態度もでかいワルの若者を、ロキック家とトユカ家の傍系の威張っている若者達に向かって投げ飛ばしたんです。まさか、細身に見える隊長が投げ飛ばすとは思わず、誰もがびっくりしました。トユカ家の若者はその衝撃で気絶しました。ロキック家の若者は腕を痛めたようでした。
ワルだけが無事に起き上がり、悪態をついて隊長に仕返しをしようとしたものだから、地面に転がして、起き上がっては投げる、転がすを繰り返し、ワルがとうとう隠し持っていた短刀を持ちだして振り回しました。突然の攻撃だったので、さすがに刺されるんじゃないかと心配しましたが、無用でした。ワルは隊長にいとも簡単に肩関節を外された上に、寝技で締め上げられて気絶しました。
気絶しても許されず、水を持ってこさせてぶっかけ、目を覚まして反省してなかったら、同じことの繰り返し、悪いと認めるまで続きました。
本当に恐かったです。ですから、その三年後くらいに隊長の隊に配属されると聞いて、恐かったのですが、同時に少し期待もありました。なんせ、隊長はえこひいきしないということでも、有名でしたから。
やめようかと悩んで師匠に相談したのですが、石にかじりついてでも軍に残れと言われたので、覚悟して隊長の隊に配属されました。
恐い恐いと思って入ったら、優しかったので拍子抜けしました。どうも、新兵の教育で悪いのばかり教育しないといけなかったから、恐かったらしいと分かりました。
しかも、隊員の一人一人と面談をして、何か問題はないか細かい目配りをする人だったので、びっくりしました。私とも面談をして、今まで苦労したな、と言ってくれました。そんなことを言ってくれた人はいなかったので、思わず涙が出ました。
それで隊長は、私にいつも書き付けを持たせて筆談ができるようにし、さらに隊員全員に徹底的に手信号を覚えさせて、手信号である程度の話ができるようにしてくれました。
私は言葉を失って以来、初めて筆談以外で、自分の気持ちを伝えることができました。言葉で話すように、思ったことを伝えられる幸せを感じました。
そして隊長は、私が話せないことで馬鹿にする者は決して許しませんでした。私は自分の障害のことで、恥ずかしい思いをすることがなくなり、ありのままの自分を受け入れられるようになりました。』
何をジルムは言おうとしているのか、グイニスはじっと彼の書く字を見つめた。
『ですから、私は、若様が萎縮してしまうお気持ちが分かります。全く同じ境遇ではないですし、本当に私なんかが若様のお気持ちを分かっているか、怪しいものではありますが、人前に出るのが恐くて、緊張する気持ちは分かります。
ずっと、馬鹿にされていたら、自分はそれだけの価値しかないと思い込んでしまうのです。でも、本当は違います。ありのままのご自分を受け入れて下さい。そうすれば、少し前を見る気持ちになれると思います。
若様がご自分を変だと思われるのなら、変な自分を受け入れるのです。変でもいいではないですか。私も変です。私の方が変だと思っています。だって、こんな私が親衛隊にいるのですから。びっくりです。まさか、私が親衛隊に入れるとは思っていませんでした。いつか、里帰りしたら師匠や友人達に自慢しようと思っています。
そして、まさか、誰かに、秘密にしてきた、自分の人生をありのままに、こうして書く日がくるとは思いませんでした。でも、これで若様のお気持ちが、少しでも前向きになれるなら、お役に立てるなら嬉しいです。』
グイニスはジルムの顔を見上げた。彼も心の内を明かすのは苦しかったのだと思う。両目が少し充血していた。泣くのを我慢しているのだ。グイニスは頷いた。
「……あのね……ありがとう…。がんばるよ…。…がんばって…叔父上と……お話しするよ。…へんでも…がんばる。」
ジルムが思わず泣いてしまい、涙を手の甲で拭った。グイニスはそんな彼に笑いかけた。
「……同じだね…泣き虫……いっしょ。」
ジルムは思わず苦笑して、頷いた。
「ねえ…書き付けの紙……なくなっちゃった。」
グイニスが言うと、ジルムが懐から予備を出して見せた。
「……良かった。……安心だね。」
グイニスはこうして、気を取り直して応接間に向かったのだった。




