教訓、二十八。王と叔父は違う。 8
うつむいているグイニスの前に、一人の隊員が近づいてきた。静かにグイニスの前に膝をついて座ると、書き付けに字を書き始めた。
『私はフォングー・ジルムと言います。』
グイニスに見せると、さらに続きを描き始めた。
『私は子供の頃の事故で、話すことができなくなりました。』
グイニスは思わずジルムの顔を見つめた。
『牛に突き飛ばされ、地面に叩きつけられてしまい、その時に舌を噛み切ってしまったのです。幸い、命は助かりましたが、話すことはできなくなり、料理の味もあんまり分からなくなってしまいました。』
そんな人がいるなんて、グイニスは知らなかったので純粋に驚いた。ジルムの話は続く。
『私はそれ以来、村の中でも家族の中でも話すことができないばかりに、馬鹿にされるようになりました。ただ、伝える手段がないだけなのに、何も分かっていないヤツだと思われていたのです。』
グイニスはどきっとした。自分と同じだ。馬鹿にされているのに、言い返せない。彼は話すことが出来なくて。グイニスは舌はあるのに、うまく話せない。
『そんなある日、私に転機が訪れました。村に手習いの先生がやってきたのです。読み書きくらい出来ないと損をすると、村長が村に呼び寄せたのです。
ところが、村の人達も両親も、私には教えるだけ無駄だと思っていたので、私には家にいさせて習わせようとしませんでした。私はどうしても字を習いたくて、こっそり家を抜け出し、手習いの先生の家に行きました。
みんなが先生に習っている声が聞こえてきて、開いている窓の下に座ってその声を聞いていました。
でも、ある日、見つかってしまいました。みんなは』
そこで、途切れてしまった。彼の書き付けの紙がなくなってしまったのだ。話を聞きたい…というか読みたくて、グイニスは彼の腕を引っ張り、小机の前に連れて行くと、紙と筆を手渡した。インクも用意する。
「……か…書いて……くれる?」
グイニスの頼みに、ジルムは嬉しそうに頷いて椅子に座り、続きを書き出した。
『みんなは私は話せないから、教えても無駄だと言いました。私は悔しくて泣きました。きっと、先生も教えるのは無駄だと言うのだろう。そう思って泣いていたら、先生は手巾を出して私の涙を拭ってくれました。
そして、こう言いました。
「君のことは村の人に聞いていた。村の人は勘違いをしているが、字を習うだけ無駄だという人はいない。どんな人も習うべきだ。君ほど、字を必要としている人はこの村の中にいない。君こそが字を習うべきだ。」
こうして、私は字を習うことができるようになりました。先生は村長も両親も村の人も説得しました。私は誰よりも勉強しました。だって、字を習うだけ無駄だという、周りの人を見返したかったのです。私はいつも、先生の出す試験で一番を取るようになったのです。』
紙に書くところがなくなったので、グイニスは新しい紙をすぐに出した。
『ですが、字を読み書きできるようになっても、村の人の目はあんまり変わりませんでした。確かに前よりは良くなりました。でも、今度は私が先生のお気に入りで、試験で不正をしているから、いつも一番なんだと言われるようになったのです。
先生に習っている子供達は、当然、先生も私も不正をしていないことを知っています。でも、親達が納得しないので、私が一番なのが悔しい子供達も、一緒になって文句を言って騒ぎました。
つまり、私を常にいじめる対象として見ていたのに、素直にいじめられる対象にならないことに、村の人達は不満に思っていたのです。村人も家族も、私をいじめることで、日頃の暮らしの鬱憤を晴らして、上手くいかないことの溜飲を下げていたのです。
私はそのことに気づいて以来、村にいる限り私は認められず、馬鹿にされる生き方しかできないと理解しました。だから、村を出る決心をしたのです。』
グイニスは泣きたいと思っていなかったのに、涙が出てきて涙を拭いた。
グイニスもいじめられていた。貴族の子弟達と交流して遊ぶ時間が苦痛だった。いつも、馬鹿にされていたから。“男らしくない”“本当は女なんじゃないのか”“とろとろしてる”“のろまだ”“泣き虫”“ぐず”数々の容赦ない言葉に傷ついて、泣きたくないのに泣いてしまって、余計に馬鹿にされて…。
『私は先生にどうやったら、村を出て行けるか相談しました。すると、先生は国王軍の試験を受けるといいと教えてくれました。でも、私は武術を何一つしたことがなかったのです。
そこで、先生は知り合いの剣士に頼んで、村に剣士を呼んでくれました。そして、村の子供達にも一緒に剣術を教えることにしたのです。村の人は喜びました。頑張れば国王軍の試験に合格するかもしれないからです。
先生は私がいじめられないようにするため、私以外の子供達にも、国王軍の試験を受けさせると村の人々に掛け合ったのです。
その剣士は大変厳しい師匠でした。今でも私の師匠です。やる気のない者や、簡単に考えている者はどんどんやめさせ、残ったのは私も含めて三人だけでした。しかも、その内の一人は女の子でした。
村の人達は女が剣士なんて、とやめさせようとしましたが、師匠は許しませんでした。なんせ、村中で一番、強い剣士です。追い返すことも出来ません。
自分達の思い通りにいかないことに腹を立てた村人達は、剣士ではなく手習いの先生を追い出そうとしました。でも、剣士と友人同士なので、そう簡単にいきません。
師匠の元で剣を習っているうちに、他の二人とは仲良くなりました。初めて言葉を失ってからできた友達でした。話せなくなってから、前の友達はみんな、私の元から去ったからです。』
ジルムは次々と話を書いていく。
『ある日、先生が撲殺されました。犯人は村人です。先生を追い出すために捕らえて、荷車に乗せて村の外に出す計画だったらしいのですが、先生が抵抗して逃げようとしたので、一人が石で頭を殴り、結局、殴り殺したのです。
私達は泣きました。剣の師匠も泣きました。四人で号泣しました。そして、意外なことが分かったのです。
剣の師匠は、先生が亡くなったので先生の家に連絡しました。そして、先生が実は、スーラグ流の本家の一人息子だったと分かったのです。先生は幼い時から目が悪く、その上、病にかかり体が弱くて剣術ができなかった。師匠はスーラグ流の免許皆伝を受けた剣士で、先生とは幼馴染みでした。
スーラグ流の人達が大勢来て、村人達はびっくりしました。先生は一言も、家が十剣術だと言ったことがなかったので、みんな震え上がりました。
最初は騙そうとしていると疑っていましたが、事実だと分かってお互いに手を下した者達は喧嘩を始めました。
結局、それがきっかけで師匠は、私達三人を引き取りました。そして、私は国王軍に入隊することが出来ました。
先生は命と引き換えに、私に新しい人生をくれたんです。』




