教訓、二十八。王と叔父は違う。 7
グイニスはこの日、叔父のボルピスに話があると言われていた。個人的に私室で話すのではなく、応接間にきて話すように言われていたので、少し緊張した。
夜中のできごとは少しだけ覚えていた。ただ、夢だったのか現実だったのか分からなかった。ただ、口に出して言ってしまうと、夢だと言われるのが嫌で、誰にも言わずに黙っていた。
「若様、いい夢をみましたか?」
フォーリがグイニスの髪を優しく梳いてくれながら聞いてきた。
「…どうして?」
フォーリは優しく微笑んだ。
「若様が嬉しそうだからです。」
「…ふふ、秘密。」
「秘密ですか…。それは残念です。」
口では残念だと言いながら、フォーリは全然、残念そうではなかった。
朝食を食べて身支度を調える。着替えさせて貰いながら、グイニスはシークのことが気になった。
自分のせいで死刑になるところだった。それなのに、ちゃんと謝りに行っていない。話をしに行きたくても、昨日はずっと叔父のボルピスが彼と話していたので、話す機会がなかった。
今日は叔父と話をした後、シークに話をしに行けるだろうか。一昨日はとても具合悪そうだった。何度転んでも這い起きて、何度も剣を振ろうとして…。フォーリと互角に戦えるくらい強かったのに、あんなにフラフラで倒れそうになって。とても悲しくて胸が痛かった。
グイニスの護衛になったから、毒を飲むことになってしまった。でも、彼以外の人に…シークの部隊以外に護衛して貰いたくない。シークなら信用できる。フォーリやベリー医師以外に初めてだった。甘えてもいい人に出会えたのは。そして、心から安心できる人に出会えたのは。
確かにダロスの事件の時は、裏切りがあったけれど、もしかしたら、またそういうことがあるかもしれないけれど、それでもシークの部隊が良かった。隊長が信用できる人だからだ。それに、ダロスは今ではシーク以外で一番信用できる人だ。
グイニスが側に行くと、困ったように黙って立っている。何者かが侍従や侍女のフリをして侵入し、襲撃した事件の時、ダロスはベイル達と共に一番危ない所で、戦って守ってくれた。
シークの隊員とは少しずつこうして仲良くなっている。
でも、ベリー医師にいつか注意されたことを思い出して、これでいいのか不安もあった。
「……叔父上。どうして、応接間に呼ぶのかな。」
思わずグイニスは、不安を口にした。夜中の夢…いや、たぶん本当のことだった。現実だと思う。でも、すごく不安になってきていた。すごく嬉しかった後は…その後に何か怖いことがあったら…。嫌な予感がしてきて、グイニスは急に怖じ気づいた。
「若様。おそらく礼儀上、応接間に呼ばれるのでしょう。」
フォーリはそう言って、グイニスの不安を和らげるように優しく、頭をなでてくれた。
「…うん……。そうだといいけど。」
心配ばかりかけてもいられない、そう思ってグイニスは、不安を押し隠してフォーリに笑いかけた。
「若様、苦しくないですか?」
きゅ、きゅ、きゅと音を立てながら、絹の帯を締めてフォーリが聞いた。
「うん。大丈夫。」
「苦しかったら言って下さい。」
「…たぶん、大丈夫だよ。」
グイニスが答えると、少しだけフォーリは帯を緩めた。息が少し楽になったので、さっきは少し苦しかったようだ。苦しいのか苦しくないのか、そんなことさえグイニスは、はっきり分からないことがあった。前はちゃんと、分かっていた気がする。
最近、少し良くなってきていたのに、先日、叔父に厳しく叱られて以来、フォーリやベリー医師以外の人に話す時に、以前のようにどもりながら、途切れ途切れにしか話せなくなっていた。
「ほら、できました。」
正装の姿になったグイニスを、フォーリは大きな鏡に映して見せた。大きな一枚板の鏡を作るのは難しいので、数枚の大きめの鏡をつなぎ合わせてあるが、よくできていて、つなぎ目があまり分からなかった。
グイニスは恐る恐る鏡を見た。
自分の姿や顔を見るのは苦手だった。正装なんて自分には釣り合わない気がする。似合わない気がして、嫌だった。自分よりも服の方が高そうな気がする。
「若様、お似合いですよ。」
フォーリは言ってくれる。
「……お…おかしくない?変だよ、きっと。」
グイニスが言うと、フォーリが困ったように微笑んだ。
「大丈夫です。おかしくありません。」
「……でも。」
グイニスが鏡をあまり見ないようにして、うつむいていると、フォーリが呼び鈴を鳴らして、部屋の外で護衛している親衛隊の隊員達を呼んだ。
彼らがやってきた気配に、グイニスは急いでフォーリの後ろに隠れようとしたが、フォーリはグイニスの視線に合わせて立て膝のままだったので、隠れられない。
「どうかしましたか?」
ベイルの他、三人ほどが部屋に入ってきた。グイニスがフォーリの後ろに隠れようとしているのを見た彼らは、事情を理解した。
「若様、どうかなさいましたか?正装が大変お似合いです。」
ベイルが言ってくれたが、フォーリの後ろに隠れられなかったグイニスは、鏡の後ろに隠れた。
「………へ………へん…じゃない?」
「全然変じゃない…です。」
最後に“です”を付け加えたのは、ウィットと呼ばれているリタ族の隊員だ。声と話し方で分かる。彼はまっすぐに言葉を出すので気持ちがいい。
「……ほ……ほんと?」
「はい。嘘を言ってもしょうがない…です。だから、出てこ……。」
途中で言葉が途切れる。
「……でも…やっぱり………へん……変じゃ…ない?」
グイニスは出て行くとなると勇気が出なくて、鏡の陰に座り込んだ。すると、二人くらいが近づいてきた気配がして、鏡を持ち上げて移動してしまった。
「!……あ。」
グイニスはどこに隠れようかとおろおろしたが、立ち上がったフォーリの後ろに隠れる前に、フォーリにつかまって隠れられなかった。
「おろおろするな、しゃきっとしろ…!…いてっ…!」
ウィットがグイニスに言った直後、ベイルにげんこつをくらっている。
「……だって………だって。」
自分に自信がない。グイニスは泣きたくなり、そんな弱虫な自分に嫌気が差した。




