教訓、二十八。王と叔父は違う。 6
2025/11/7 改
グイニスは誰かが枕元で泣いているような気がして、なんとなく目を覚ました。すると、誰かがグイニスの手を握って、優しくさすってくれている。それがとても嬉しくて、気持ちよかった。
誰かが自分のことを気にかけてくれている。それが、とても嬉しい。
誰なのかと思って、じっと目を凝らすと、ぼんやりした灯りの中で、影になっている人の姿が見えた。夢見心地で、ぼんやりした目でじっと見つめた。
「グイニス……お前は…一体、何をされたのだ? ……すまない。冷酷で…ひどい叔父だ。だが…お前は…お前には…ずっとひどい叔父であり続ける。
…私を恨め。恨むといい。そう、するといい。よい子だ、お前は……。こんなによい子なのに…。いっそ、殺して欲しいと思うだろう……そんな…人生を…歩ませるのだ。」
布団の中で握っている手が、ぎゅっとグイニスの手を握っていた。
(やっぱり…おじうえは、やさしいんだ。やさしいおじうえが、もどってきてくれた…。)
半分眠ったまま、グイニスは喜んだ。
「……おじうえ?」
すると、グイニスが目覚めたことに気づいたボルピスは優しく微笑み、手を伸ばして、そっと頭をなでてくれた。そうされただけで、グイニスは心の底から嬉しくなり、とても安心した。心がとても温かく満たされた。
「…おじうえ。」
グイニスは両手を伸ばして、額をなでてくれる叔父の首に抱きついた。幼い時はもっと伸ばさないとできなかったのに、今は楽に出来たが、そのことに半分寝ているので気がつかなかった。
「おじうえ…なかないで。おりこうさんに、してるから。」
「……。お前という子は…。誰に似て、こんなに優しい子なのか……。」
ボルピスの声がますます湿り、余計に泣いてしまったようだった。抱きついてきたグイニスを抱きかかえ、優しく何度も頭をなでてくれる。
「……ふふ…やさしいおじうえ。…すき。おじうえ。」
グイニスは十歳前の気持ちにすっかり戻って、叔父の肩に頬ずりをした。
「…寝なさい。明日は大変だから。」
叔父は不思議なことを言って、優しく頭をなでてくれる。幼い時から頭を優しくなでられると、眠くなってしまうのだった。
この時もグイニスは、叔父の腕に抱かれたまま、もう一度眠りについた。
ただ、眠りについてしまう直前、唐突に十歳になる前夜の夜中に、眠っているグイニスの元に叔父のボルピスが来て、泣いていたことを思い出した。
おじうえ、なんで、ないていたの? その疑問は口にできないまま、グイニスはぐっすり眠ってしまった。
「…話があるのか、フォーリ。」
グイニスの寝室を出たボルピスの後ろをフォーリがついて出たので、そんな言葉が出たのだ。
「…陛下。お尋ねします。若様はもしや……。」
外で風が吹いて、潮騒のような音を立てて木々がざわめいている。聞き耳を立てたとしても、小声で尋ねたフォーリの言葉は、王と護衛の親衛隊の隊長にしか聞こえなかった。
フォーリの質問を受けて、しばらくボルピスは黙ったままだった。懸命に感情を押し殺そうとしているように見える。
「……グイニスは、私の甥だ。」
たったそれだけの言葉を返すのに、ずいぶんと長い間があった。フォーリにしてみれば、その言葉は違和感があった。眠っている甥に、泣きながら謝っている姿を見れば。どうしても、拭えない考えが出てきてしまう。
「…そうでなくてはならない。」
ボルピスはそう言って、踵を返した。
「……陛下…!」
思わず引き止めようとしたが、王は振り返らずに去った。さすがのフォーリも心臓が早鐘を打った。もしかしてと思っていたが…、そのまさかだったのか。
追いかけて詳しく聞きたい衝動に駆られたが、フォーリはさっと振り返ってグイニスの寝室に小走りで戻った。寝室の前にはシークの部下が二人、立ってフォーリの帰りを待っていた。
「起きられたみたいだ。」
フォーリは頷いて部屋に入っていく。
「………あれ、おじうえがいたようなきがしたのに……。」
可愛らしく手の甲で目をこすっているので、その手を握って止めた。
「…若様。」
優しく頭をなでると、子犬のように頭を手にこすりつけてきた。じきに規則正しく寝息が立って、眠っている。
(若様…。なんて不憫な方だろう。)
フォーリは胸が痛かった。穏やかな寝顔をみているうちに泣けてきて、そっと手で涙を拭った。
フォーリが抱いた疑問は確信に変わっている。間違いない。だからこそ、王は若様に苦しい道を行かせる。
誰にも気づかれないように。疑われないように。守るために。
だから、冷酷な王であり続ける。
一体、何が起こっているのか。王宮の中で、王はただ一人、何かと闘っているように感じられた。
(陛下は…何かを怖れている。)
この国で何かが起こっているのは、間違いなかった。




