教訓、五。部下にも魔の手は伸びる。 1
今日の所は一段落…つかなかったのだった。
その日の夕方、シークはフォーリに呼び出された。若様はやはりベリー医師と一緒だ。ベリー医師もニピの踊りができるから、その点は心配ない。
「なんだ?」
「今日の所は助かった。礼を言う。」
改めて礼を言われると照れる。シークは鼻をこすり、苦笑いした。
「いや、いいさ。文句言われるかと思った。」
「なぜ、文句を?」
フォーリに不思議そうに聞き返され、シークはかえって言葉に詰まった。
「…いや、だから、あんなことを言ったから、若様が自分でいろいろできるようになろうと、お一人で何か始めようとされるかもしれないとか、言われるかと。」
フォーリは真面目に考え込んだ。そこで、そんなに考え込まなくても…。
「確かに若様のご性格からしたらその通りだが、焦る若様に落ち着くように諭して貰えたのは助かった。若様もご自分が他の子達と違うのを分かっておられる。童顔な上、幼い扱いをされることが、ご自分は何もできない役立たずだと思われる原因になっている。」
よく理解しているな、とシークは感心した。フォーリはただの護衛ではない。半分親代わりに子育てしているも同然だ。若様は孤児だから、どうしてもそうなる。それは大変な役割だ。
「それは仕方のないことなのでは?」
「そうだ。それでも、監禁中に言われたことが頭から離れないのだと思う。」
「ベリー先生が言うには、忘れさせたと…そう聞いたが?」
フォーリはため息をついた。
「一部分だ。全てではない。それに、叔母の怒りをかって殺された者のことは、どうやっても忘れなかった。」
シークは本当に若様が気の毒になった。
「よほど、傷ついたんだな。可哀想に。」
フォーリが意味ありげに見るので、シークは思わず一歩下がりそうになった。
「なんだ?」
「…いや。心の底から言ったようだったので、人がいいんだと思っただけだ。」
そういうことか。なんか、妙に焦った。フォーリは美しい肉食獣のようだ。豹か虎か獅子かといったところだ。シークはどれも知っている。
子供の頃、年に一回か二回、ヴァドサ家の子供達は、父に連れられて地方のヴァドサ家の道場に行って、地方の子供達と交流すると同時に、そこで剣術を学び合うようになっていた。シークには厳しい父も、それには連れて行ってくれた。だから、その日を楽しみにしていたし、何より厳しい父とどこかに行けるというのが、シークには嬉しかった。その途中の道すがら、そういう動物達を見かけたことがあった。
サリカタ王国には森が多い。“○○森”に行けばどれも生息している。森の子族が住んでいる地域に行けば、草原でも湿原でもどこかで姿を見ることができるだろう。
(…うーん。一番しっくりくるのは…やっぱり虎だな。)
一人シークは納得した。
「ところで、なぜ、私の背後に立った?ニピ族の背後に立つのは危険だと知っているだろう?」
シークは頷いた。
「ああ、知っている。だが、あの時は大丈夫だと思った。誰が背後に立っているか分かっていれば、むやみに鉄扇を抜いてこないだろう?」
「…それは。」
フォーリがむ、と眉根を寄せて黙り込んだ。真面目なのでちょっとからかっていても、からわかれていると気が付いていないのが、面白い。
「ところで、フォーリ。聞きたいことがある。」
これは聞いておきたいことだった。フォーリは黙ってシークを見てくる。
「昼間の男をなんで、殺した?」
「……。」
「私があの時にそう聞いたら、お前は『そんなこと知るか。』と言った。私はその返事の方が気になった。もしかして、誰の手の者か調べても、結局は妃殿下に繋がるから、調べても意味はないと思ったのか?確かに人手は足りないから、お前一人が調べるには大変だと思う。だから、今度から私達が調べるから、殺さないでくれるとありがたい。」
「調べても見つけ出せるとは限らないし、かえって面倒なことになることもある。」
「そうだな。でも、いつも、同じ犯人とは限らないし、もっと大がかりにしてくることだって考えられる。私も全て分かるとは思っていないし、できるだけ調べるということだ。すぐに答えは出なくても、情報はできるだけ集めておいた方がいい。」
フォーリはじっと何かを確認するようにシークを見つめていたが、ため息をついて頷いた。
「分かった。じゃあ、これからはそうしてくれ。」