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教訓、二十八。王と叔父は違う。 5

2025/11/7 改

 ギルムはその後、医務室に行ったが、やはりベリー医師に申し出は却下されて仕方なく、西方将軍の出現に緊張しているシークの部下達に話を聞くことにした。だが、それが以外に面白い時間だった。

 シークは性格を部下達に飲み込まれている。その上で慕われている。みんなで盛り上がったのが、以外な所でドジということだった。


 寝込みを(おそ)われた次の日、風呂に入るように言われて向かっている時にシェリアに捕まってしまい、服を廊下にばらまいた時の話を聞いて、ギルムは思わず笑ってしまった。慌てて焦って拾っている姿を簡単に想像できてしまい、おかしかった。


 すっかり、シークの部下達と打ち解けたギルムは、何か面白い話はないか彼らに聞かれて、シークがギルムの秘書時代の話をした。


 一つは、机の上に書類を広げて立ったまま、せっせと仕事をしていたが、椅子がないのに関わらず、椅子があるつもりで座ろうとして、尻餅をついていた話。静かに仕事をしていたら、突然、ドスンという音がして、みんなで思わず笑った話をすると、シークの部下達も爆笑した。


 もう一つも秘書時代だが、彼の家は引き戸が多く、取っ手の付いた扉に慣れていない。いつも押すか引くかで必ず一回は間違えるのだが、固い取っての扉がある部屋があった。


 ()び付いていて固かった。しかし、シークは鍵がかかっていると思った。そこで、鍵がかかっているか確認し、鍵穴がないので考え込み、ギルムに尋ねた。『あのう、申し訳ありませんが…この扉は鍵穴がないのに、どうやって鍵がかかっているんですか? どうしても開かないんですが…。』


 いつまでも、その扉の前で何かしていると思ったが…まさか、そう聞いてくるとは思わず、思わずギルムは吹き出した。


 その話をすると、大爆笑だった。シークの部下達がその後、ギルムはなんて答えたのか聞いてきたので、錆び付いて開かないだけなので、そこは普段使わないから、別の扉を使うようにということを伝えた、ということを話したらみんな笑っていた。ちなみに、その扉は後で直した。

 シークの部下達と親交を深めた後、ギルムはようやく自分の部屋に戻った。


「旦那様、どうかなさいまいしたか?」


 ギルムの護衛をしているニピ族のレクスが聞いてきた。王や貴族達の前では、彼はつかず離れずの距離で護衛していた。


「…いや。シークはみんなに好かれていると思ってな。私は…彼の人生を大きく変える決定をしてしまった。それが良かったのか悪かったのか…。申し訳ないと思う。」

「…旦那様。誰かがやらねばならないことでした。しかも、信頼できる人が必要でした。私は旦那様の選任は適正だったかと思います。私もヴァドサ殿ほど信頼できる人は、そういないかと思います。そして、何より殿下のために必要でした。」


 レクスの(なぐさ)めにギルムは彼を振り返った。


「…ありがとう、レクス。」


 ギルムは言いながら、指で涙を拭った。

 シークの部下達は、みんな不安を押し隠していた。そして、みんなで話し合い、自分達でシークが出来なくなった分を補おうとしている。


 グイニス王子に対しても、シークが気を使っていたように、自分達も気を使っている。

 実はシークの部下達と話している時、彼らの部屋にグイニス王子が、寝間着に上着を着ただけの姿でやってきた。美しい夕陽色の絹糸のような髪の毛は下ろしており、そのあまりの愛らしさに見とれそうになるのを、根性で堪えた。


 護衛のフォーリは仕方なさそうについて来ていた。もちろん、ベイルやグイニス王子の護衛の当番の隊員も一緒だ。ベイルがグイニス王子がギルムに話したいことがあり、医務室に行った所、シークの隊員達の部屋にいると聞いてやってきたと説明した。


 グイニス王子は半分フォーリにつかまりながら、潤んだ黒い瞳でじっと見上げ、サクランボ色の形の良い唇を震わせ、やっとの思いで口を開いた。シークの部下達は、もう慣れたのか顔色一つ変えずに黙っていた。

 シークが徹底的に指導したのだろうと思ったが、間近でグイニス王子のそんな愛らしい姿を見て、よくぞ耐えていると内心ギルムは称賛した。


「あ……あ、あの…ね、い…イゴン………将軍が…………。」


 そこでグイニス王子は息継ぎをした。昨日は必死になってシークの嘆願(たんがん)をしていた。まともに人と話すことが出来ないと聞いていただけに、とても(おどろ)いた。

 だが、叔父に厳しく叱責されたためか、また上手く話せなくなっている。それでも、ギルムに何か言いたいのだろう。


「殿下。何かおありでしたら私の方が出向きました。ご足労頂き、申し訳ございません。」


 ギルムは言って謝罪した。実際のところ、グイニス王子がそんな姿でうろついてはいけない。よからぬ思いを抱く者がどれほど現れるか分からない。フォーリやベイル達がいるのにも関わらず、突発的に(さら)おうとする者が現れてもおかしくない。それほど危険な愛らしさである。


「………ち…ちがうの…。その…あ……あ…あなた……が、ば………ヴァドサ隊長を……お………送って……くれた………そう…聞いたの………。だ……だから……お礼を……言いたかった………。」


 堪えきれなくなったのか、涙がぽろっとこぼれ落ちる。


「……あのね……あり………ありがと……。あの………ね……ヴァド…サ隊長は………安心できるの………私を……殺したり……しないって。……私を……知らない人……の……ところに………連れて行ったり………しないって………。だから………ありがとう………。」


 ギルムはグイニス王子が不憫(ふびん)になり、思わず涙がこぼれそうになった。安心できる理由が、“殺したり”“知らない人のところに連れて行ったりしない”十歳から、ずっとそんな不安と戦っていたのだ。


「殿下。それが私の役目でした。それに、信用できると殿下がおっしゃって下さり、人選が良かったのだと一安心致しました。それと…申し訳ございません。」


 ギルムの最後の謝罪に、グイニス王子は不思議そうに首を(かし)げた。


「お気になさらないで下さい。殿下にはただ謝罪したかったのです。」

「若様、そろそろ戻りましょう。風邪を引いてしまいます。」


 フォーリがそっと(うなが)した。


「殿下、フォーリの言うとおりです。お風邪を召されてしまいます。その前にお戻り下さい。」


 ギルムも同調した。


「………あのね………あなたの………せいじゃ……ない…よ。………い……イゴン………将軍は………ヴァドサ…た…隊長と……お……同じ…で……わ……私…の……こと……を……心の…中で……ばかに……しない……。みんな……心の……中で……ばか……に…す…する…の。……目で…ばかに…して…る…のが…わか……るの…。」


 ギルムは、王子が本当は鋭い洞察力を持っていることに、冷や汗をかく思いだった。それと同時に痛々しく思い、その残酷な運命を思えば同情するしかなかった。


「若様。」


 もう一度フォーリに促されてグイニス王子は(うなず)くと、護衛のマントをぎゅっと引いた。フォーリはそれを合図にグイニス王子を軽々と抱き上げた。


 童顔な顔立ちと幼い行動のせいで、十一、二歳くらいにしか見えない。フォーリは自分の若い主を大事そうにマントにくるみ、ギルムに黙礼して立ち去った。ベイル達も一礼して護衛としてついていった。


 そういうことがあったので、余計にレクスは殿下に必要だったと言ったのだ。

 あんな姿を見れば、胸が痛む。だが、ギルムはこれで良かったと思っている自分も分かっていた。


 仮にグイニス王子が王になったとして、王が性別を超越した美しさを兼ね備えているのは、良くない。権力と同時に性的な欲求を満たす存在になってしまう。

 グイニス王子の美しさは、性別に関係ない。男女問わず年齢を問わず、王の寵愛(ちょうあい)を得ようと躍起(やっき)になるだろう。そして、王を籠絡(ろうらく)しようとするだろう。王を得れば全てを得ることが出来るのだから。


 しかし、だからと言って、王位継承権が高いグイニス王子が暗殺されてしまうのも良くない。王室の血を絶やさないためには、彼も成長して誰かふさわしい人と結婚し、子孫を残して貰わなければ。


 国の安定のためには、必要な存在である。なんせ、王家の印である真っ赤な夕陽のような美しい赤い髪を持っているのだから。血筋の保持は王家にとって、重要な問題である。


 もう後には引けない。進むしかない道のりだ。ギルムは大きなため息をついて、窓を開けると深呼吸した。夜の空気を吸い、窓から見える星を見つめた。

 どんな時代が幕を開けるのか、漠然とした不安をギルムは感じた。

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