教訓、二十八。王と叔父は違う。 3
2025/11/5 改
残された面々は、ギルムを一斉に見つめる。
「イゴン将軍、こちらへどうぞ。」
シェリアが王が座っていた椅子とは別の、豪奢な一人がけ用の椅子を示した。ギルムが
断って椅子に腰掛けると、全員が何を言うのかと注目した。
「……。」
しかし、ギルムは巧言な人柄ではないので、無言になる。聞かれるまで口を開く人ではないからだ。
しばらく、重い沈黙が部屋の中に満ちた。
「イゴン将軍、お尋ねしますが、本当に陛下は万一の時の命令を、ヴァドサ殿に出されたのですか?」
みんな牽制し合い、腹を探り合っている状態なので、バムスが口火を切って尋ねた。
「はい。ただ、陛下はシークには…ヴァドサには、理解しやすいよう、もっと丁寧に説明されておられました。おそらく、ヴァドサの性格をお知りになり、さらに毒で弱り伏せっている状態なので、陛下がご配慮なさったのだと思います。」
「どのような説明をなさったんですの?」
色恋沙汰に現を抜かすなと厳しく戒められたシェリアは、色恋沙汰に現を抜かしているようには見えない様子で尋ねる。そこにいるのは、したたかな女性政治家の姿だ。
「…王太子殿下がセルゲス公殿下に、何もかもお返しになさろうされた場合、内戦になってしまうので、それを阻止せよとお命じになられました。」
そこにいた貴族全員がはっと息を呑んだ。八大貴族の誰にでもなく、親衛隊の隊長であるシークに命じたのだ。とんでもなく重い任務をたった一人に与えたものである。
「ただ…陛下はその命令をヴァドサにお与えになる前に、重要な説明と問いをヴァドサにされております。」
「重要な説明と問いですか?」
バムスが慎重に聞き返す。
「はい。重要な説明は、陛下はご自身が王として冷酷に判断することを伝えられ、その後にセルゲス公殿下のご気性について、どう思い判断しているか、お尋ねになりました。
ヴァドサの答えをお聞きになってから、陛下はしばらく深慮なさった上で、先ほどの命令を与えられました。」
ギルムはグイニスが玉座に向いているか、王が直接的に聞いたとは言わなかった。
「ヴァドサ殿は、何と答えたんですか?」
「……セルゲス公殿下は、大変、優しいご気性でいらっしゃると。そのため、王太子殿下の思われる通りにいかないのではないか、お心を病まれるかもしれないことを心配し、その答えを陛下はお聞きになって、頷かれておられました。」
ここにいるのは、いわばボルピスが亡き後、王太子タルナスに王位を継いで貰おうという、いわば“王太子派”だ。いわゆる“セルゲス公派”になるはずのグイニスの護衛である、親衛隊の隊長の判断とは思えないと、一般的には思われるだろう。
少なくとも正当性を主張している、過激な“セルゲス公派”にしてみれば、十分に裏切り行為とみなされる発言だ。
「……ヴァドサ殿らしい。あのお方らしい発言ですわ。…それで、お受けになったのですね。その…酷な任務を……。」
シェリアの声が唐突に震え、堪えきれなくなったように涙をこぼした。シャンデリアや燭台に立っている蝋燭の明かりに反射して、彼女の頬にこぼれた涙が水晶のように煌めいた。
「……本気なのか。ヴァドサ・シーク、あやつは…本気でその命を実行すると?」
今まで一言も発していなかったブラークが、信じられないという様子で言葉を出した。
「…シーク…ヴァドサ・シークは、生半可に任務を受けることはありません。受けた以上、どんな任務も最後まで責任を持ってまっとうします。ましてや陛下のご命令です。必ずまっとうするでしょう。」
「イゴン将軍…命がけです。もし、途中で命を落とすようなことになったら…。その可能性も非常に高い。私の思うに、陛下はご自分の亡き後のことですから、その命令をまっとうしなくても、なんら罪に問われることはないと思うのですが。
内戦を陛下はご心配されていらっしゃいます。しかし、発言は過激でも、今の所そこまで事を起こそうという輩はいないのではないでしょうか。殿下の護衛という任務だけで、なんら構わないと思うのです。受ける意味があるのかどうか。ある意味、私達がその任務を受ける意味がないようにすればいいだけのことです。」
「レルスリ殿。シークを…ヴァドサを評価して下さっているようですが…どのような任務にも危険があります。ヴァドサは命が儚いものと知っています。その上で、任務を受けているのですから、今さら撤回などしないでしょう。」
ギルムの言葉にバムスは苦笑した。
「…確かに。ヴァドサ殿の性格を考えると、そうでしょう。それから、将軍。将軍にとって、ヴァドサ殿が信頼できる、そして、目をかけてきた部下の一人だと知っています。陛下の御前でもないので、名前を言い直さなくていいですよ。」
バムスの言葉にギルムは苦笑した。
「そう言って頂けると、安心します。実を言うと、シークがあんなに弱っている姿を見て、動揺しました。そもそも、シークに限らずヴァドサ家の子息達は健康です。家で怠けることが許されていないからか、軍の訓練もヴァドサ家の子息達は楽にこなします。ですから、シークが立てないと言った時、思わず泣きそうになりました。そこまで、弱ったのだと。」
「私も同じです、将軍。大街道で事件が起きた時、殿下を抱きかかえていました。殿下はなぜか、ヴァドサ殿を気に入っておられます。あの時はフォーリではダメだったのです。珍しくご機嫌が悪く、体調も悪かった。ヴァドサ殿でなければ、馬車から出ることさえ困難だったでしょう。
一晩中、殿下を抱えて逃げて、敵を切り倒し続けたのです。その…ヴァドサ殿があんなに弱るとは、私も想像しませんでした。」
バムスの同調をギルムが不思議そうに見つめた。
「私がこんなことを言うのは、珍しいと思いますか? 将軍、真面目な人を推薦されましたね。しかし、彼にはただ、真面目だけではないような…何かがある。そんな気がするのです。
将軍はそれを知っているから、彼を推薦したのでは? 真面目だけなら、他にも候補になる人はいたでしょう。」
尋ねられたギルムは追及を逃れられそうにないと苦笑した。




