教訓、二十八。王と叔父は違う。 1
2025/11/1 改
ボルピスはベリー医師に追い出されるように医務室を出た後、ギルムに廊下の途中で尋ねた。
「お前は…ヴァドサ・シークがそこまで受け入れると思っていたか? 私の命を。」
ギルムは王に尋ねられ、少し考えてから答えを口にした。
「…真面目な男です。しかし、一方で意外に考えが柔軟です。ですから、六割方、受け入れるかとは思いましたが、四割では分からないと思っていました。」
「…半々より少し上だったか?まあ、難しいだろう。私もあれに賭けだと言った。だが、私は八割方受け入れると思っていた。」
ボルピスは言ってニヤリと笑う。
「受け入れると思っていなければ、あんな話を打診しない。」
「…さすが、陛下。お見事です。」
ギルムは言って、頭を下げた。
「生真面目だな、お前も。もう少し、私に付き合え。今度はあの貴族共の所に行く。」
昼間、すっぽかした貴族達が懇談しているはずの、小さめの応接間に向かった。王が訪れる旨を伝えるため、先に小姓が一人行っている。
応接室に到着すると、ブラークとかち合った。おそらく、ブラークは自分が借りている部屋に戻って休んでいたのだろう。小姓が連絡に行ったので、ブラークの使用人が知らせ、慌てて戻ってきたはずだ。
「用足しに行っていたか?」
ボルピスはわざと厠に行っていたのか尋ねると、ブラークは頷いた。
「はい。ちょうど陛下と重なってしまいまして。」
内心、ほっとしているだろう。ボルピスがギルムと親衛隊の隊長一人を伴って部屋に入っていくと、一斉に残りの三人の貴族達が立って出迎えた。
「挨拶はいい。」
面倒な挨拶を省き、ボルピスは椅子に腰掛けた。
「昼食の約束も夕食もすっぽかして悪かった。」
「いいえ、構いませんわ。有用なお話しをなさっておられたものと理解しております。」
シェリアが屋敷の主として、最初に発言した。
「ところで、ラスーカ、お前の領地にグイニスを療養に行かせたら、折を見て、一度サプリュに戻そうと考えている。」
わざとボルピスはそのことを伝える。
「殿下を…サプリュにお戻しになると?」
話を振られたラスーカが、いささか驚いた様子で聞き返した。
「そうだ。その時、セルゲス公の位を正式に授ける儀式を行う。この調子ならば、儀式に出席も出来よう。それに、タルナスも会いたがっている。グイニスが元気か、ずっと心配しているため、会わせる機会も必要だ。」
「…陛下。殿下がお元気になられたからですか?」
静かにバムスが聞いてきた。
「うむ。そうだ。そして、バムス。お前に頼みがある。」
「何でしょうか?」
「グイニスをサプリュに戻した時、親衛隊も正式に任命する。そして、ヴァドサ・シークを婚約者と結婚させる。グイニスの護衛の親衛隊の隊長の結婚式だ。
当然、セルゲス公の位を受けた直後で、初めての正式なセルゲス公としての務めだ。それに、ふさわしい式になるように、ヴァドサ家に行って手伝ってやれ。」
さすがのバムスも少し驚いた表情を見せた。
「…しかし、当の本人が婚約を破棄したとか言っていましたが……。」
ボルピスは笑った。
「そんなもの、あってないような破棄だろう。どうせ、一族郎党集まっての親族会議で決まったものを、そう簡単に覆せまい。それに…男として婚約者と為すべきことはしているようだから、連絡もしないでいる間に、稚児ができているかもしれんしな。」
サリカタ王国では婚約した後、子供ができてから結婚式を挙げるのが普通だ。ボルピスはわざとこの話を続ける。シェリアに釘を刺すためだ。
「ヴァドサ・シークと話して分かった。あれのことだ。稚児ができたと分かれば、婚約の破棄の破棄になるだろう。だから、婚約者とさっさと結婚させようと思ってな。命令してきた。」
バムスはシークのびっくりした焦りようが頭に浮かんで、こっそりおかしくなった。婚約者とどこまでいったのか、そんなことまで聞き出した王の手腕に舌を巻く。いや…有無を言わさず、命令だと思わせたらいいか。バムスは考え直した。
「それで、バムス。お前は結婚式の準備を手伝ってやれ。ヴァドサ・シークと話して分かったが、ヴァドサ家の家風からして、結婚式を派手にするような家ではない。そのままにしておけば、質実剛健で清廉で質素だろう。分かったな?」
話を振られたバムスは頷いた。セルゲス公の親衛隊長の結婚式が、“質素”過ぎたらいけないのだ。
「はい。承知致しました。セルゲス公殿下の親衛隊長にふさわしい祝言となるように、お手伝いさせて頂きます。」
バムスはチラリとシェリアの前でこの話をする王は酷だと思った。そして、バムスに手伝いをさせるのも、一番、シェリアと気が合うと分かっているから、というのもある。




