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教訓、四。優しさも危険を招くことがある。 7

「…でも……。私は二人を追い出した形で……。人の役に立てるって思ったのに、全然役に立たなかった…!問題を増やしただけだった…!みんなの役に全然立たない!私は…叔母上の仰るとおり、本当にただの役立たずなんだ…!」


 若様は泣きながら叫んだ。若様の言葉は、胸を(つらぬ)くような感じがした。幼い時からシークはなぜか、父に(きび)しくされて冷たささえ感じてきた。なぜ、父は自分を認めてくれないのか、どんなに頑張っても何も言ってくれないのか、いつも疑問で、最近はそんなことを思うことさえ自分で封じていた。


 考えても無駄だと思ったから。若様の自分は役立たずなんだという気持ちが、父に認められずにきた自分の気持ちと重なり合う気がした。

 フォーリが辛そうな表情をした。そして、そっと若様を抱きしめて泣きじゃくる若様の背中を()でる。


「そんなことはありません。若様がいらっしゃらないと、私はすることがありません。私は若様がいないと生きていけません。ニピ族はそんな生き方しかできませんから。(あるじ)を失うと死ぬしかないのです。」


 端で聞いていると危ない発言に聞こえる。若様の容姿はもとより、フォーリだって美男というか美丈夫というか偉丈夫というか、とにかく男が見ても整っている。まだ、年若い主を慰めているだけなのだが、見た目がいいためにあらぬ誤解をされそうだ。


「…でも…わ、私は…みんなの役に立ちたいのに……。何にもできない…! 何でもやって貰わないと、できない…! 話すことさえ…ちゃんとできない…駄目な子なんだ…!」


 そんなことをまだ子どもの甥に言い続ける叔母は、本当に酷い人だ。そんな人が王妃でこの国は大丈夫なんだろうか。親衛隊として口に出したら、大変危険なことをシークは本気で思った。

 聞いていることが辛くて、思わずシークは若様の顔の正面、つまりフォーリの背後に立った。そこに腰をかがめて、若様の頭に手を置いてぐしゃぐしゃと()でてやる。


「!」


 若様がびっくりした顔でこちらを見上げる。


「誰かの役に立ちたいと思うその志はご立派です。でも、焦ってはいけません。焦ったところで空回りするだけです。たとえば、階段を二、三段飛ばそうと思えば飛ばせるかもしれません。ですが、一度足下が狂えば転んでしまいます。しかも、怪我もするかもしれません。

 それと同じです。一段一段、若様に合った速度で登らないと意味はありません。転んで下に落ちたら、もう一度登らないといけなくなるんですよ。」


「…私は…でも、遅くて…。子供みたいだし。」

「言ったでしょう、焦りは禁物です。他の人と比べても意味はありません。一個一個、できることが増えたらいいんです。」

「……いっこ、一個?」


「はい。例えば、二ヶ月につき一個できるようになったら、十ヶ月後はどうなっているでしょうか。うまくいけば五個もできるようになっています。ですから若様に見合った速度で、できるようになればいいんですよ。」


 泣きじゃくっていた若様は、少し落ち着いて考え込んだ。


「…どうすればいいのか、分からない。」


 小さな声だった。シークは若様に視線を合わせてかがみ、考えた。


「…そうですね、私が言ったことをそのまましなくていいのですが。」

「……うん。言ってみて。」


「本当に例えばの話ですが、例えば、私の部隊は全員で二十名います。若様はすでに、私の他にベイルとも話すことがおできになります。あと十八名いますから…10日ごとに一人ずつ……。」

「そ、そんなに長くかからないよ。」


 思わずシークは若様を見つめた。


「それでは、何日くらいですか?あくまで、例えばの話なので真剣にお考えにならなくていいですよ。」

「分からないけど、たぶん、五日…ううん、たぶん、頑張れば三日に一人ずつ…一日、一人ずつでもいいよ。一日に一人と話をすることなら、できるかもしれないよ。」


 本当にただのたとえ話で出したのに、若様は急にやる気を見せ始めた。少し面食らってしまったが、それでも、役立たずだと泣いて悲しんでいるより(はる)かにいい。


「若様。無理はしなくていいですよ。決まり事ではないので。」

「…うん。でも……それでいいのかな。あんまりゆっくりだと、みんなに迷惑をかけるのに。時間までに決められた所に行かないと、叔父上の命令を全うできなくて、みんながクビになってしまうかもしれない。」


 妙に現実的なことを言い出した若様に、シークは少しでなく面食らった。だが、やはり頭が悪いわけではない。むしろ、その逆。できるからこそ、その先を見越して心配するのだろう。


「若様、私共のことのご心配は無用です。大丈夫ですから、何事も若様に見合った速度で構いません。若様ができるようになるまで、私共はお待ち致しますから。」

「……うん。」


 まだ、完全には納得し切れていない表情で若様は(うなず)いた。小さく本当に大丈夫かな、と呟いている。シークは苦笑した。フォーリに慰めて貰い、話をしている間に落ち着いたようだ。

 若様にはそう言ったものの、やはり決められた日程はある。だが、刺客にかこつけて多少遅れても大丈夫だろう。というかそうするつもりだ。


 とりあえず、今日の所は落ち着いたかなとシークは少し安心した。

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