教訓、二十七。隠し事は必ず見つかる。Ⅱ 8
2025/10/19 改
しばらく、王はじっとシークを見ながら何か考えていた。こっちが落ち着かなくなるほどの時間、無言だった。
「…お前に聞いてみたいことがある。どんな答えでも罰することはない。だから、思うままに答えなさい。」
「…はい。」
わざわざ“罰することはない”という前置きにシークは驚いたが、何か重要なことを聞きたいのだろうと、シークは身構えた。さっきから覚悟しているが、余計に覚悟しなくてはならない。
「…お前は、グイニスに王が向いていると思うか?」
これは…確かに答えにくい質問だった。でも、約束した以上、答えない訳にはいかない。丹田に力を入れ、腹をくくって口を開く。
「……陛下。恐れながら、本当に思いのままをお答え致します。」
ボルピスはシークの返事に無言で頷いた。じっと鋭い視線のまま、目をそらさない。
「…殿下は、やろうと思えば王という仕事ができると私は思います。ただ…殿下には、あまり似合わないかと思います。」
「似合わない?」
王はじっと視線をそらさない。
「はい。殿下はおっとりしたご気性です。その上、大変、優しいお方です。玉座に就けば、いつも、おっとりしている訳にもいかず、辛い政治判断を下し続けることで、殿下は疲れ果ててしまわれるのではないかと思います。その優しさによって傷つかれて、いつか…その優しさが失われるのではないかと私は思います。ですから、似合わないのではないかと私は思うのです。」
王はじっとシークの答えを噛みしめるように黙って聞いていたが、ふっと笑った。
「…お前と来たら…本当に思っていることを答えたな。まあ、だから聞いたのだ。他の奴らは私を怖れて、本当に思っていることを答えんからな。」
普通の人は…違うのだろうか。だって、約束したし…。シークがそんなことを思っていると、王はまた真面目な表情に戻った。
「…ヴァドサ・シーク。お前に頼みがある。」
改めて言われて、シークはできる限り姿勢を正した。
「……はい。何でしょうか。」
「タルナスは、グイニスに全てを返す気でいる。だが、私もお前と同じ考えだ。グイニスには玉座は似合わん。確かにある程度はできるだろう。だが、長くはもたない。
タルナスは賢い子だが、正義感が強く、その分、見識が狭い。そのため、グイニスの性質をよく分かっておらん。
だから、もし、私が死んだ後…いや、死んだ後とは限らないかもしれん。タルナスがグイニスに全てを返そうとしたら、お前が止めろ。タルナスがグイニスに、全てを返そうとするその気持ちが、グイニスをかえって追い詰めるのだ。
グイニスは幼い頃から、玉座を怖がっていた。おそらく、敏感に権力の恐ろしさを感じ取っていたからだろう。
だから、タルナスがグイニスを玉座に即けようとしたら、お前が阻止しろ。」
随分、重い任務だ。しかも、かなり重要な任務である。即答できない質問だが、即答を求められているのは分かった。
「これは、お前が軍にいようと除隊しようと関係ない。お前に私が頼んでいる。言っている意味は分かるな?」
王はじっとシークを見つめてくる。その鋭さに全てを見透かされるような気がした。背中にじわっと汗が噴き出してきた。
「よいか。タルナスがグイニスに全てを返そうとしたら、内戦になる。タルナス自身の立場もあるのだ。しかも、タルナスが王太子で何ら構わないという者達も大勢いる。あの子が馬鹿ではないからだ。二人の思いはどうであれ、タルナスとグイニスをそれぞれ祭り上げる者達が現れ、二人をそれぞれ正当な後継者だと主張する。」
王はじっと鋭くシークを見つめたまま続けた。
「先ほども言ったはずだ。私は冷酷な王だと。万一の時、タルナスかグイニスを選べと言われたら、迷わずにタルナスを選ぶ。自分の息子だからではない。タルナスなら、玉座という孤独の座にいても耐えられるからだ。」
王の言葉にシークは、これまでにないほど緊張した。
「国を守るためなら、私はグイニスを殺す。言っている意味は分かるな?通じたな?」
「……はい。」
王が返事を待っているので、シークはぎこちなく乾いた声で返事した。万一の時は若様を殺せ、ということだ。自分に耐えられるだろうか。少し…どころか不安になる。
王はシークの返事を確認してから、命じた。
「内戦を阻止せよ。どんな手段でも構わない。よいか、どんな手段でも構わないのだ。内戦を阻止できるなら。内戦を阻止すれば、お前は任務を全うしたことになる。ただ、誰に知られるでもなく、英雄視されることもない。陰で行われるのだ。お前にそれができるか?」
自分にできるだろうか。今までに感じたことがない不安だ。こんな重大なことを引き受けていいのか。だが、逃げることは許されない。それに、逃げたらそこで若様の護衛の任務も終わりだろう。その任務の意味は、ただの護衛だけではなくなる。もし、万一の時には若様の命を奪う任務でもある。
だが、命を奪わずにすむ方法があるなら、それをせよ、と王は言っている。だから“どんな手段でも構わない”と言ったのだ。
(若様のお命を守り、内戦を阻止する…。)
つまり、それができる人間は限られている。フォーリではだめだ。ニピ族はあくまでも個人的な護衛だ。公の力は持っていない。公でなくても、発言力が必要なのだ。“ヴァドサ家の名前”それが重要視されている。だから、シークが若様の護衛である必要があり、シークを推薦したギルムをそこに待機させているのだろう。
「…陛下。小さな私には重い任務ですが、できる限りのことを致します。全力でその任務を全う致します。」
「…意味は、分かっているな?」
震えが来るが、深呼吸して答えた。
「はい。」
王はじっとシークを探るように見ていたが、視線をそらさずにいると、深く頷いた。
「頼んだぞ。…これで、一つ、心配事が減った。」
ほう、と王は息を吐いて椅子の背もたれに寄りかかった。
「こんな頼みは、おいそれと誰にでもできんからな。」
王は苦笑する。
「全く、お前ときたら本当に受けたな。私の中で賭けだった。」
ボルピスは息を吐いた。
「……タルナスは分かっていない。タルナスはグイニスを王位に就け、自分が宰相にでもなれば良いと思っておる。だが、それには条件がある。タルナスはグイニスに王道を歩かせようとしているが、それが難しい。
私もかつてはそれをした。兄上に対して。それが良いと思っていた。実際に少しの間は上手くいった。
だが、兄も人だったということだ。どんなにおっとりしていても、どんなに気性が優しくても、権力の頂点の座に座るということは、見える景色が代わる。私はその点を考慮していなかった。
まさか…兄が…あのような選択をするとは思わなかった。私は兄を苦しませただけだった。タルナスは…このままでは、私と同じ過ちを犯すだろう。タルナスに話して聞かせているが、まったく理解していない。」
シークは王の吐露した言葉を黙って聞いていた。自分はただ二十人の隊長で、それでも、誰にも言えないことがある。まして、王なのだ。誰にも言えないことを、なぜか王はシークに話している。ただ、黙って聞いているだけでいいのだろう、と開き直って聞くことにした。
「…覚えておくといい。人は弱いものだ。どんな人も、強いと断言できる人は一人もいない。強いと言っている者がいたら、その者は何も分かっていないだけのことだ。」
王は言ってシークを見つめた。
「お前は良い経験をした。人は病を得ないと一人前になれないという。それだけ、人は傲慢なのだ。人にいかに支えられているか、それを忘れてはならない。」
そういう意味では、確かに良い経験だったのかもしれない。妹の気持ちも若様の気持ちも理解できた。毒で弱らなければ、決して体験できなかった。口先だけの同情しか言えなかっただろう。




