教訓、二十七。隠し事は必ず見つかる。Ⅱ 7
2025/10/19 改
「そうか…。大街道では、グイニスを抱えたまま、一晩中、森の中を駆け回って敵を斬ったとか?本当にそんな無茶なことをしたのか?」
「…はい、結果としてそうなりました。」
王の表情がますます難しい顔になる。
「…あの子は…最初の頃はまともに話すことさえできなかったはずだ。お前が任務についた頃は、そうだったはずだ。違うか?」
「その通りです。」
シークは、王が甥である若様のことを詳しく知っていることに、いささか驚きながら返事をした。
「どうやった?」
「……恐れながら、何をでしょうか?」
王は苦笑して言い直した。
「グイニスの心を開くのは大変だったはずだ。どうやったのだ?」
そう言われてもシークには分からなかった。そもそも、若様は小さな声であったが、最初から話をしてくれた。だから、どうやったのか聞かれても分からない。仕方なく、そのように答えると、王はますます驚いた顔をした。
「……なぜ、お前には最初から話をしたのだろうか。知らない者の前に、フォーリの影から出ることさえ出来なかった子が。」
考えられることとしたら、リタ族の親子だ。あの親子と話をしてから、若様と面会した。その話をしても、王は不可解そうな表情をしたままだった。
「とにかく…お前には礼を言わなくてはならんな。グイニスを助けてくれて感謝している。」
「!」
シークは王から礼を言われるとは思わず、しばらく絶句したままだった。思わず、目を白黒させていると王が吹き出して笑い出し、その声ではっとした。
気がつけば息まで止めていて、思わず咳き込んだ。王に咳をかける訳にはいかないので、顔を横に向けて布団に伏せて咳き込んでいると、背中をさすられて、思わずびっくりして固まってしまう。
「いいから、そのままでいなさい。」
王はゆっくり背中をさすりながら、話し出した。
「よいか、たとえ、どんなに与えられた任務だからといえども、本当に命を賭けて他人を助けられる者はそうはいない。お前はそれをやってのけた。しかも、毒を事前に飲んで死に目に遭っていたにも関わらず、二度目も分かっていて食べた。普通は死ぬのが怖くてできないものだ。
昨日もそうだ。私が理由も言わずにお前に自害を命じたのに、お前は理由も聞かずにそれを受け入れた。
お前は死が怖くないのか?」
王が背中をさすってくれたので、咳はじきに治まった。本当は顔を上げたかったが、上げるのが怖かった。王と面と向かって顔を合わせて、この話をするのが怖かったのだ。
シークだって死は怖い。近しい人達を亡くしているので、自然と震えがきてしまう。でも、それとは別に考えられる自分がいるのも事実だった。任務とあれば割り切り、それができる。なぜかは分からないが、そうだった。
「いいえ、怖いです、陛下。…生まれたばかりの妹が、私が子守の最中にうたた寝してしまったばかりに、その間に死にました。七歳違いの病弱な妹もたった十四歳で死にました。国王軍に入ってできた親友も、ちょっとした事故で思いがけずに死にました。
本当はとても怖いです。命は儚いものですから。
ですが、殿下の護衛の任務を賜ってから、覚悟を決めました。いつ、死ぬか分からないので婚約を解消し、遺言書をしたためました。毎日、遺言書を確認するのが、この任務に就いてからの習慣となりました。」
遺言書の確認は、誰にも言っていない習慣だった。ベイルにも言ったことはない。
「……無理だと思うなら、辞めて良い。」
少しの沈黙の後、王は一言、ぽつりと漏らす。いいえ、と首を振って、ようやくシークは顔を上げた。
「…陛下。今、私はこのような状況ですが、できるならば殿下の護衛を務めさせて頂きたいのです。」
「それは…なぜだ?」
なぜか王の方が辛そうだった。
「…真に恐れながら、殿下のお歳が私の弟妹達と近く、年の離れた弟がもう一人、増えたような感じなのです。誰よりも優しく、誰よりも繊細で、誰よりも放っておけません。
たとえ、今、ここで任務を辞したとしても、殿下のことがずっと気にかかるでしょう。他の任務を賜ったとしても、気もそぞろになって身を入れて任務を全うできないと思います。」
王はしばらく無言で何か考えていた。
「お前は随分、優しい男のようだ。だから、言っておく。私は王として冷酷な王だ。グイニスに対しても、冷酷だ。そして、グイニスを護衛するお前にとっても、冷酷だろう。言っている意味は分かるな?」
「はい。」
「私はグイニスもお前も、駒として扱う。覚悟せよ。」
シークは身をただして頷いた。
「はい。承知致しました。」
「秋まで待つ。冬になる前にはベブフフの領地に移動せよ。それまでに回復しなかった場合、どんなにお前の気がそぞろになっても、任務を辞してサプリュに戻れ。分かったな?」
「はい。承知致しました。時間を下さり感謝致します。」
王はしげしげとシークを見つめた。
「…感謝している場合ではないぞ。時間はそんなにない。かなり無茶なことを私は言ったのだ。あまりに潔いから、本当に理解しているか、いささか不安になるな。」
「…それは…。ご心配をおかけして、申し訳ありません。」
「まあ、よい。」
王は苦笑した。




