教訓、二十七。隠し事は必ず見つかる。Ⅱ 5
2025/10/17 改
「随分、遅かったな。」
戻ってきたシークに対し、王は開口一番に言った。
「申し訳ありません。私の馬が厩舎から脱走してやってきたのです。」
作り話のような話に、ギルムの表情が固まる。
「…確かに走っていました。」
バムスが言った。
「なぜ、こんな所で馬の駆け足の音がするのか不思議に思いましたが、そういうことだったんですね。」
「さっき走っていた地響きか。お前の馬だったか。」
王も頷いた。
「はい。」
シークは考えていたが、まずは厩舎の柵を壊した謝罪もしておかなくてはならないと思う。
「…その、ノンプディ殿。私の馬が柵を壊したようで申し訳ありません。」
本当は王の前でからかわれたりしたら嫌なので、言いたくなかったが仕方ない。ゆったりと扇を扇いでいたシェリアの目が細くなる。
「…いいんですのよ。それくらい。」
シェリアが言葉をそこで切ったので、シークは安心しそうになった。
「後で、ヴァドサ殿が返して下さいまし。」
シークとシークを支えているロモルもぎょっとした。やめて欲しい。王の前でからかうのだけは、やめて欲しい。本気なのか冗談なのか、判断がつかない。
「ご心配なさらないで。もう少し、お元気になられてからでよろしいの。以前から細身でしたけれど、今は随分、痩せられてしまいましたわ。もう少し、戻ってからご一緒して頂きましょうかしら、夜に。」
「!」
だから、戻りたくなかった。ただでさえ、具合が悪いのに余計に具合が悪くなる。
「隊長…? 大丈夫ですか?」
ロモルの声が遠くに聞こえた。
「あぁ、ノンプディ殿、そこまで。まだ、からかわないで下さいって言っておきましたよね?」
ベリー医師がシークの脈を測りながら言った。心拍数が異常に上がり、全身に変な汗をかいた。
「…まあ、残念ね。今日は調子が良さそうだと思いましたのに。」
「ダメです。以前のヴァドサ隊長の体力が十あったとしたら、今は限りなく零なんですから。やっと一に戻ってきたくらいなんです。」
ベリー医師の言葉を聞いたシークは、その説明にびっくりした。
「…先生。今の私はそんなに体力がないってことですか?」
「ええ、そうですよ。あと少しで死ぬところだったと、何度も言いました。もう少し細分するなら、零の中にさらに十段階あるとして、その二、三ほど残した所でギリギリ生きているとみていいでしょう。」
そんなにギリギリだったと思わないので、今の説明は分かりやすかった。
「そういうことで、横になって下さい。」
「え!? でも、まだ、きちんと陛下にご挨拶を…。」
「さっき、しなくていいって言われたでしょう。」
「…えぇ? ですが…!」
ベリー医師は、さっと部屋の向こうを振り返った。
「手伝って!」
さっと扉が開いて、控えていたカートン家の医師達がやってくる。有無を言わさず捕まえられて衝立の向こう側に運ばれる。上着も脱がされ、髪もほどかれ寝かせられたが…なぜか両手両足を縛られた。
「…先生、なんで、両手両足を縛るんですか?」
「おとなしく寝ないからです。もし、これ以上、何か言うなら寝台に縛り付けますよ?」
寝台に縛り付けられたら、たまらない。
「……はい。」
仕方なくシークは返事した。向こう側に王がいるのに、その目の前でこの会話は何だろうか。自分は大丈夫だろうか。かなり心配になる。
「まあ…会話の前に水を飲んで下さい。」
背中にクッションを入れられたので、上半身を起こした形にしてもらい、両手を縛られたまま器を受け取って水を飲んだ。
「無理はしないで下さい。もしかしたら会話中に眠くなって、寝てしまうこともあるかもしれません。薬の関係でね。」
「…そうなんですか。」
「それと、これは預かっていきますから。」
ベリー医師は枕の下の短刀と布団の中の剣を持って、衝立の向こう側に出て行った。ロモルも後を付いていく。
ベリー医師がシークを縛ったのには理由がある。王が護衛もつけずに、シークと近い距離で話をすると言うからだ。そのため、余計な疑いをかけられないように両手両足を縛っておいた。
「陛下。お待たせ致しました。」
「…まさか、寝る時も短刀を枕の下に入れて、剣を抱きかかえているのか?」
さすが切れ者の王、それだけで見事に当ててしまう。
「そのまさかです、陛下。剣が婚約者か恋人かというほどに、抱きかかえて寝ております。」
「ぷっ。」
「ほほほ。」
向こう側で王の他、貴族達やかつての上司が吹き出して笑っている。
(! …ベリー先生、なぜ、そんな風な言い方を…。)
ちょっと、さすがに傷つく。恥ずかしいではないか。
「ははは。なるほど、さすがヴァドサ家という所か。まあ、それで寝込みを襲われても返り討ちにしたのなら、準備はしておくものだと証明したようなものではないか。」
王がなぜか、かばってくれている。
「それでは、私達は参りましょう。失礼致します、陛下。」
「昼食の時に。」
貴族達がそれぞれ、ボルピスに挨拶して立って行く。残ったのはギルムと王の侍従のナルダンだけだ。
「イゴン、お前はそこに残っておれ。」
「はい。陛下。」
いよいよなのだとシークは緊張した。




