教訓、二十七。隠し事は必ず見つかる。Ⅱ 3
2025/10/16 改
その頃、実際に王が予測した通りだった。
用が済んですっきりしてから、シークは部屋に戻る途中で脱力した。歩けなくなって立ち止まって休む。
「…大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないです。…帰りたくない。なぜ、あそこに陛下がいらっしゃるんですか?」
「あなたに話があるからだそうです。」
シークは黙り込んだ。従兄弟達が事件を引き起こしている。無実の罪だったとはいえ、無関係ではない。どう、弁明すればいいのだろう。謝罪も必要だろう。
「…若様はどうしていますか? 一言、挨拶してから戻ってはいけませんか?」
「若様にも死罪にはなっていないと、説明してあります。心配はいりません。」
シークは心底ほっとした。あれで死罪になっていれば、若様はどれほど傷ついたか分からない。命が惜しかったというより、そのことの方で死罪にならずにすんで良かったと思う。
「そういえば、昨日、イゴン将軍にできれば、任務に戻りたいと言ったそうですね。」
「はい。偽りない気持ちです。ただ、本当に体が回復するのか不安で。」
素直に答えると、ベリー医師がため息をついた。
「そうですね。でも、あなたを見ていると、昨日より体が楽そうです。ある程度の運動が良かったのでしょうか? とにかく、よく寝れたから回復できたのでしょう。大丈夫。やる気があるなら、回復できるはず。任務に戻りましょう。」
ベリー医師の力強い言葉にシークは励まされた。裏に隠された意味があるとは知らずに。
「…先生。そう言って頂けると、なんだかできるような気がします。」
シークが感動している隣で、ロモルはその意味が分かっていた。このまま辞任したら、シェリアに持って行かれるからだ。二度とロモル達の元に戻ってこない。ベリー医師もそれは困るし、王も困る。シークは家の名前を鼻にかけることはないが、その名前のせいである。
ヴァドサ家はサプリュで唯一、自分達の判断で武装して良い許可を持っている。王の命ではなく“自分達の判断で”である。
だから、王は敏感に反応した。シェリアがものにしたいのは、本気で好きだからだけでなく、シークの実家を…つまりヴァドサ家を手に入れたいからだ。
だから、本当は物凄い名家なのだが、シークは全くそんなことには、おかまいなしだった。
はっきり言えば、家柄からしたらイゴン将軍より遙かに名家なのである。
だから、王はシークの人柄を見に来た。だが、ヴァドサ家が名家とは言え、そのためだけにサプリュからやってくるのも異常だったが。
「さあ、部屋に戻りますよ。」
ベリー医師が促した。途端にシークはどんより落ち込んだ。
「…先生、帰りたくないです。」
「何を子供みたいなことを。」
「…とにかく、嫌です。戻りたくないです。」
ロモルはびっくりしていた。初めて隊長がわがままを言っている…! しかも、本当に子供みたいなわがままを…!
ロモルがびっくりしている間に、シークはさらに驚く行動を取った。ベリー医師が腕を引っ張ると両足を踏ん張って嫌がり始めた。
(! これは、本気で嫌なんだ!)
ロモルはシークに案外、子供みたいな所があることを初めて知って驚いていた。だが、同時に気づいてしまう。いつも隊長でしっかりしていなくてはいけなかったから、弱みを人に見せられなかった。
今、ベリー医師にわがままを言っているのは、言っても大丈夫だと分かったからではないのか。唯一、わがままを言える相手なのではないのか。弱みを見せても大丈夫な相手なのではないか。
そう思うと、とても申し訳なくなり、ロモルは涙を堪えきれなくなった。突然、泣き出したロモルを見て、シークが動きを止めた。
「…ハクテス。どうした? …すまない。心配をかけているのに、みんなに礼の一つも言っていない。」
途端にわがままを言うのをやめて、きつそうなのにロモルを心配そうに見つめてくる。こうやって、いつも自分の思いを奥に押し隠し、隊長をしてきたのだろう。隊員である自分達の前で、シークは泣き言を言う所も弱音を吐く所も見せたことがない。冗談のように『大変なんだぞ…!』とか言っていることはあっても、深刻な様子で言われたことはなかった。
親衛隊になってからも、そんなに重荷を感じたことがなかった。普通ならとんでもない大抜擢で、かなり重荷を感じてもおかしくないし、もっと緊張していてもおかしくない。隊長であるシークが、一人で背負っていたから自分達は感じなくてすんでいたのだ。
「…違うんです。隊長、いつも、隊長に何でも任せっきりで、ご迷惑をおかけしてばかりです。私達は隊長の強さに甘えていました。だから、隊長がこんなに弱ってしまって、驚きを隠せないんです。
私達は…隊長にずっと隊長でいて欲しい。でも、隊長が辛いなら…いいんです。たまには逃げたっていいと思います。頑張らなくていいです。強い隊長でなくていいです。代わりに私達が頑張りますから。隊長がそこにいてくれるだけで、私達はそれで十分です。」
ロモルの気持ちに、シークは胸が詰まった。具合が悪くて、隊員達みんなの気持ちに目を向けてやれなかった。彼らもどれほど驚いているだろう。びっくりして、それでも任務は行って。
「……そうか。実は…本当のことを言えば、今までみたいに頑張れそうにない。それでも、いいのか?」
ロモルはシークの頑張れそうにない、という言葉に内心かなりぎょっとしたが、押し隠した。それほど、毒を受けた後遺症がひどいのだ。しかも、素直にロモルの言葉に対して、隠さないで答えてくれている。
「……はい。」
ベリー医師は黙って見守っていた。かつて、フォーリに言ったように、隊員達がシークに甘えすぎているという事に対して、自分達で気が付かなければ意味がないと言ったが、あの時言っていた状況になっているのだ。
シークの体力は物凄く削られた。ベリー医師の予想通りに。彼の体力が元気な時に十だったとしたら、今は零だ。これ以上、下回ったら死んでいた。ぎりぎり零で生き残ったのだから。
「…本当にそれでいいか?もちろん、ベリー先生に助けて頂いて、もっと頑張って体力を戻すつもりだ。それでも、きっと前みたいには動けない。」
ロモルは大きく頷いた。
「はい。みんなで話し合いました。隊長が望むようにしようと。それでも、私達の希望は何か考えて話し合って、出していた結論なんです。隊長がもし、任務に戻らないって言うなら、私達の希望は言うつもりはありませんでした。
でも、隊長が戻りたいって言ったので、言うことが出来ました。隊長が任務に戻りたいなら、私達は隊長が出来ない分を頑張ります。隊長は、ただ私達の側にいてくれればいいですから。」
涙ながらに言ってくれるロモルの肩をシークは抱いた。
「すまないな。みんなに…礼を言ってくれ。心配をかけたと。もう少し、待ってくれと。」
シークも涙が溢れる。みんなの気持ちが嬉しくて。温かい。胸の芯が温かくなる。
「…分かりました。みんなにも伝えます。」
ロモルが頷いた。




