表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

241/582

教訓、二十七。隠し事は必ず見つかる。Ⅱ 3

2025/10/16 改

 その頃、実際に王が予測した通りだった。

 用が済んですっきりしてから、シークは部屋に戻る途中で脱力した。歩けなくなって立ち止まって休む。


「…大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです。…帰りたくない。なぜ、あそこに陛下がいらっしゃるんですか?」

「あなたに話があるからだそうです。」


 シークは黙り込んだ。従兄弟達が事件を引き起こしている。無実の罪だったとはいえ、無関係ではない。どう、弁明すればいいのだろう。謝罪も必要だろう。


「…若様はどうしていますか? 一言、挨拶してから戻ってはいけませんか?」

「若様にも死罪にはなっていないと、説明してあります。心配はいりません。」


 シークは心底ほっとした。あれで死罪になっていれば、若様はどれほど傷ついたか分からない。命が惜しかったというより、そのことの方で死罪にならずにすんで良かったと思う。


「そういえば、昨日、イゴン将軍にできれば、任務に戻りたいと言ったそうですね。」

「はい。偽りない気持ちです。ただ、本当に体が回復するのか不安で。」


 素直に答えると、ベリー医師がため息をついた。


「そうですね。でも、あなたを見ていると、昨日より体が楽そうです。ある程度の運動が良かったのでしょうか? とにかく、よく寝れたから回復できたのでしょう。大丈夫。やる気があるなら、回復できるはず。任務に戻りましょう。」


 ベリー医師の力強い言葉にシークは励まされた。裏に隠された意味があるとは知らずに。


「…先生。そう言って頂けると、なんだかできるような気がします。」


 シークが感動している隣で、ロモルはその意味が分かっていた。このまま辞任したら、シェリアに持って行かれるからだ。二度とロモル達の元に戻ってこない。ベリー医師もそれは困るし、王も困る。シークは家の名前を鼻にかけることはないが、その名前のせいである。


 ヴァドサ家はサプリュで唯一、自分達の判断で武装して良い許可を持っている。王の命ではなく“自分達の判断で”である。

 だから、王は敏感に反応した。シェリアがものにしたいのは、本気で好きだからだけでなく、シークの実家を…つまりヴァドサ家を手に入れたいからだ。


 だから、本当は物凄い名家なのだが、シークは全くそんなことには、おかまいなしだった。

 はっきり言えば、家柄からしたらイゴン将軍より(はる)かに名家なのである。

 だから、王はシークの人柄を見に来た。だが、ヴァドサ家が名家とは言え、そのためだけにサプリュからやってくるのも異常だったが。


「さあ、部屋に戻りますよ。」


 ベリー医師が促した。途端にシークはどんより落ち込んだ。


「…先生、帰りたくないです。」

「何を子供みたいなことを。」

「…とにかく、嫌です。戻りたくないです。」


 ロモルはびっくりしていた。初めて隊長がわがままを言っている…! しかも、本当に子供みたいなわがままを…!

 ロモルがびっくりしている間に、シークはさらに(おどろ)く行動を取った。ベリー医師が腕を引っ張ると両足を踏ん張って嫌がり始めた。


(! これは、本気で嫌なんだ!)


 ロモルはシークに案外、子供みたいな所があることを初めて知って驚いていた。だが、同時に気づいてしまう。いつも隊長でしっかりしていなくてはいけなかったから、弱みを人に見せられなかった。


 今、ベリー医師にわがままを言っているのは、言っても大丈夫だと分かったからではないのか。唯一、わがままを言える相手なのではないのか。弱みを見せても大丈夫な相手なのではないか。

 そう思うと、とても申し訳なくなり、ロモルは涙を堪えきれなくなった。突然、泣き出したロモルを見て、シークが動きを止めた。


「…ハクテス。どうした? …すまない。心配をかけているのに、みんなに礼の一つも言っていない。」


 途端にわがままを言うのをやめて、きつそうなのにロモルを心配そうに見つめてくる。こうやって、いつも自分の思いを奥に押し隠し、隊長をしてきたのだろう。隊員である自分達の前で、シークは泣き言を言う所も弱音を吐く所も見せたことがない。冗談のように『大変なんだぞ…!』とか言っていることはあっても、深刻な様子で言われたことはなかった。


 親衛隊になってからも、そんなに重荷を感じたことがなかった。普通ならとんでもない大抜擢(ばってき)で、かなり重荷を感じてもおかしくないし、もっと緊張していてもおかしくない。隊長であるシークが、一人で背負っていたから自分達は感じなくてすんでいたのだ。


「…違うんです。隊長、いつも、隊長に何でも任せっきりで、ご迷惑をおかけしてばかりです。私達は隊長の強さに甘えていました。だから、隊長がこんなに弱ってしまって、(おどろ)きを(かく)せないんです。


 私達は…隊長にずっと隊長でいて欲しい。でも、隊長が辛いなら…いいんです。たまには逃げたっていいと思います。頑張らなくていいです。強い隊長でなくていいです。代わりに私達が頑張りますから。隊長がそこにいてくれるだけで、私達はそれで十分です。」


 ロモルの気持ちに、シークは胸が詰まった。具合が悪くて、隊員達みんなの気持ちに目を向けてやれなかった。彼らもどれほど驚いているだろう。びっくりして、それでも任務は行って。


「……そうか。実は…本当のことを言えば、今までみたいに頑張れそうにない。それでも、いいのか?」


 ロモルはシークの頑張れそうにない、という言葉に内心かなりぎょっとしたが、押し隠した。それほど、毒を受けた後遺症がひどいのだ。しかも、素直にロモルの言葉に対して、隠さないで答えてくれている。


「……はい。」


 ベリー医師は黙って見守っていた。かつて、フォーリに言ったように、隊員達がシークに甘えすぎているという事に対して、自分達で気が付かなければ意味がないと言ったが、あの時言っていた状況になっているのだ。

 シークの体力は物凄く削られた。ベリー医師の予想通りに。彼の体力が元気な時に十だったとしたら、今は零だ。これ以上、下回ったら死んでいた。ぎりぎり零で生き残ったのだから。


「…本当にそれでいいか?もちろん、ベリー先生に助けて頂いて、もっと頑張って体力を戻すつもりだ。それでも、きっと前みたいには動けない。」


 ロモルは大きく頷いた。


「はい。みんなで話し合いました。隊長が望むようにしようと。それでも、私達の希望は何か考えて話し合って、出していた結論なんです。隊長がもし、任務に戻らないって言うなら、私達の希望は言うつもりはありませんでした。


 でも、隊長が戻りたいって言ったので、言うことが出来ました。隊長が任務に戻りたいなら、私達は隊長が出来ない分を頑張ります。隊長は、ただ私達の側にいてくれればいいですから。」


 涙ながらに言ってくれるロモルの肩をシークは抱いた。


「すまないな。みんなに…礼を言ってくれ。心配をかけたと。もう少し、待ってくれと。」


 シークも涙が(あふ)れる。みんなの気持ちが嬉しくて。温かい。胸の芯が温かくなる。


「…分かりました。みんなにも伝えます。」


 ロモルが頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ