教訓、二十六。隠し事は必ず見つかる。 14
2025/10/12 改
「確かに、陛下が危惧されている通り、そんなことになったら困りますね。彼のことだから、簡単に騙されてノンプディ殿に世話になっていると思い込み、貞操も奪われて子供ができたら、それで一生おしまいです。」
ベリー医師は…なんで、そう言いにくいことをずばっと言うのだろうか。
「やはり、そっちの方面は鈍いのか。」
「ええ、まったくもってダメです。ノンプディ殿に迫られても、たぶん、からかわれているだけだと思っていました。なぜか自分には本気にならないと思っているというか…自分が本当はモテていると気がついていないんです。」
王は腕を組んで考え込んだ。
「色目を使われると思うが。それにも気が付かないとは、鈍い奴だな。」
「そうなんです。侍女達の誘いが凄かったですよ、傍目に見ても。彼は殿下に対しての視線などに、とても気をつけていましたが、自分達に対する視線、特に自分自身に対する視線に対しては、気づいてない様子でした。
最初は無視していると思っていましたが、だんだん気がついていないだけのような気がしてきまして。部下に対しては気をつけるように注意しているのに、自分に対しての誘いは、全く気づいてないんじゃないかと非常に不安になりまして。」
ベリー医師はまるで、友人に話しているかのように王に話している。
「カートン家の医師が不安になるとは、よほどだな。」
「はい。ヴァドサ隊長が剣術の練習をする時は、立ち見ができるんです。」
「立ち見? ほう、さすがはヴァドサ流の剣士か。」
王は面白そうに先を促した。
「領主兵達が興味を持つのは分かります。でも、それだけでなく侍従も見ているんです。おそらく、十剣術のヴァドサ流だからでしょう。そして、それ以上に熱心に見ているのが、侍女のみなさんです。剣術に興味はないようなお嬢さん方が熱心に見ています。
まあ、彼の剣はフォーリが評しておりましたが、ニピの舞に似ている所があると。確かに、舞のように見えます。何もなくても、魅せられるところはあるでしょうが、大方の女性陣は剣術目当てではないでしょう。」
ボルピスは考えながら、ふとフォーリに目をやった。
「…念のため聞くが、色目を使われたり、誘われているのは分かるだろう? ニピ族に聞くのも変だが。」
「……分かりますが、全て無視します。」
ふむ、と王は頷く。
「ちなみに剣術の腕はどれほどだった?」
フォーリに聞いたのは、もちろん手合わせをしていると聞いているからだ。
「…私にはない才を持ち合わせており、大層、羨ましく思います。ニピの舞をたった五回見ただけで、見切りました。しかも、会得してしまったのです。教えていないのに、舞の使い方も正しかった。とても悔しいです。」
言葉だけでなく表情も悔しそうなフォーリの答えに、ボルピスはほう、と感心した声を上げた。
「それほどの腕なのに、なぜ、十剣術交流試合に出場しないのか。間が悪く怪我などをしたとか本人は言っておったが。」
「十七歳の時、剣士狩りにあったそうです。」
フォーリは王の質問に口を開いた。
「…剣士狩りに?」
「はい。名も名乗らない五人に取り囲まれ、とっさに二人を斬り殺してしまったそうですが、その者達がイナーン家だったそうです。」
「なるほど、分かったぞ。」
王は頷いた。
「両家…ヴァドサ家とイナーン家の間で取り決めたな。イナーン家も名乗らずに少年を斬ろうとした。しかも、国王軍の訓練兵でヴァドサ家の子供。まずいと思っただろう。ヴァドサ家の方も…父親のビレスも相手がイナーン家だったから、肝を冷やしたはずだ。」
ボルピスは納得した。
「…さて、そろそろ、その問題の…剣の腕は立つが鈍い奴に会いに行くか。治療も落ち着いた頃合いではないか? 寝台に寝せてあれば、話をしてもいいだろう?」
ボルピスはベリー医師に確認する。
「はい。もしかしたら、眠っているかもしれませんが。」
「眠っている? まあ、その時は起きるまで待っていればいい。」
フォーリもベリー医師も、思わずぎょっとっして王を見つめた。本当にシークに会いに来たのか。
そんな二人をよそにボルピスはもう一度、グイニスを見つめる。
「……すまんな、冷酷な叔父で。」
ぽつりと漏らすと、眠っている甥の頭をぽん、と撫でて立ち上がった。まるで…息子に対するかのような行動に、フォーリとベリー医師は妙な胸騒ぎがした。二人の胸にかすめた思いは同じだ。だが、検証する余裕はなかった。
「行くぞ。」
ボルピスの声にベリー医師は歩き出した。
フォーリは王達が行ってしまった後、しばらく若様の顔を見つめた。もし、この予想が正しかったら…とても、とても可哀想な方だ。
その事を思うと、フォーリは少しだけ泣きそうになった。




