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教訓、二十六。隠し事は必ず見つかる。 12

2025/10/11 改

「…シーク。これは何だ?」


 王が行ってしまってから、ギルムが(ふところ)から謝罪文を出して(たず)ねる。シークはかつての上司が、怒りを抑えているのを感じ取ったが、困ってしまった。


「イゴン将軍、申し訳ありません。とりあえず、騒動になることは分かり、先にご迷惑をおかけすることになる旨をお伝えしようとしたのですが、どうにも手紙を全て書くことが出来ない上に、ベリー先生にもお許しを頂けなかったので、途中で終わった謝罪文をベイルに送って(もら)いました。」


 ギルムは、すっかり弱って()せてしまった、かつての部下を見つめた。実力人格、共に兼ね備えているから、セルゲス公の護衛に推薦(すいせん)した。それが、死地に送ることだと分かっていた。ギルムもボルピスと一緒にほぼ全て見ていたため、弱音を吐いている姿を見てびっくりし、よほどきついのだと胸を痛めた。


「だから、言っただろう、パーセで、何か手に負えないことがあったら、私に頼れと…! なぜ、私に頼らなかった! 死んでからでは遅いのだぞ!」

 めったにギルムが、こんなに大声を出すことはない。思わず怒鳴ってしまってから、シークがずっと正座のままだと気がついて、立たせようとした。


「立ちなさい。足が疲れただろう。」

「…立てません。」


 立てないと言う返事に、ギルムはシークがふらついていたことを思い出して、彼の前にしゃがんだ。


「…随分(ずいぶん)()せた。体の具合は大丈夫なのか?」


 大丈夫だと言って通用しないことくらい、シークは分かったので素直に返事をする。


「…それが、立って歩くのがやっとです。」


 ギルムはシークの顔を見つめた。顔色はひどく悪い。これでも、かなり良くなった方だが王と話しているうちに、また悪くなっていた。緊張と疲れのせいだ。


「…毒を盛られたのは、本当なのか?」

「はい。一度目は水に入っていました。二度目は先ほど、セルゲス公殿下が仰った通りです。」


 ギルムは大きなため息をついた。


「任務は…遂行できるか?」


 聞かれてシークは、考え込んだ。ベリー医師に弱音を吐いていた時は、辞するべきだと考えていた。でも、今は迷っていた。若様の思いを聞いてしまったら、簡単に辞すると言えなかった。


「……冷静に考えたら、厳しいとは思います。しかし、逆に考えると私が辞して、ベイルが後を継いだ場合、今度はベイルが矢面に立つことに。

 それに、私自身、殿下のお気持ちを聞いてしまって、それでは、やめられないと思うのです。できることなら…お守りして差し上げたいのです。」


 シークの思いを聞いて、ギルムは簡単に辞めろとも言えないと考える。実際にセルゲス公の思いを汲めば、そうなる。だから、王も休め、と言ったのだろう。


「ベリー先生の指示で迎えに来ました。」


 カートン家の手伝いにきている医師達が担架を運んできた。ギルムは、にわかにはシークのために運んできたのだと分からなかった。医師達が当然のように、シークの前に担架を置いたのを見てようやく理解した。元気だった姿しか覚えていないので、どうしても信じられない気持ちが先立ってしまう。

 医師達が、シークの首や手に巻かれた包帯や手巾を見て、表情を(くも)らせた。


「随分、無茶をしたんですね。本気で寝台に(しば)り付けますよ。」

「もしくは、手足を拘束(こうそく)するか。」


 いきなり物騒なことを口にし始め、ギルムはぎょっとした。


「申し訳ありません。」


 シークは困った様子で謝罪する。


「あ…! また、血が出てる。早く連れて行かなくては。」

 医師の一人が、シークの首の包帯に血が(にじ)んできたのを発見し、慌てている。


(…そんなに重傷なのか?)


 確かにベリー医師が重傷だと言っていたが、ギルムはそこまで重傷なのだと思えなかった。シークはいつも元気で丈夫だった。健康にも問題ないから、親衛隊に推薦(すいせん)したのだ。


「さあ、行きますよ。横になって。」


 そこに、ようやく固まっていたシークの部下達がやってきた。医師を手伝ってシークを立たせる。ギルムは仰天した。立てない、というのが本当だと信じられなかった。

 シークを担架に寝せてから、医師達がさらに小言を言う。


「本当に無茶をして…! 泥だらけじゃないですか!」

「すり傷もたくさん、こしらえて…!」

「…すみません。あのう、先生方、行く前に剣を拾っていきたいんですが。さっき、すっ飛ばしてしまいまして。」


 シークがおそるおそる申し出ると、二人の医師はじろりとシークを(にら)みつけた。


「まさか…剣を振ったんですか!?」

「駄目に決まってるでしょう!」


 医師達の剣幕(けんまく)に担架の上のシークは小さくなっている。


「私達が探して拾っていきます…!」


 慌ててベイルが言うと、医師達は深く頷いた。


「ああ、そうして下さい。それにしても、本当に剣を振ったんですか?」


 医師の確認に、ベイルは自分が叱られているかのように小さくなった。


「…はい、そうです。」

「なんて、無茶なことを…。そもそも、ここまで歩くだけで息が上がったはずです。」

「もし、体の中をのぞけるなら、内臓の中が(ただ)れているはずなんです。だから、高熱が続いたんですよ。」

「死んでもおかしくなかった。本当に危なかったんです。今だって油断は禁物だと口を酸っぱくして言ってるのに。」


 二人はぷんぷん怒っていたが、早く運ぶべきだと思い直したようだった。シークを振り返って声をかける。


「これで安心したでしょう…って、意識がない?」


 一人が急いで脈を取る。


「……脈を診たが、寝てる。疲れ果てたんだろう。」

「まったく、無茶をするから。」


 こうして、シークは医務室に運ばれて行った。

 呆然とギルムはそれを見送った。


「…イゴン将軍、お久しぶりです。」


 ベイルはとりあえず挨拶をすると、残った部下達にシークの剣を探すように頼んだ。


「まさか、陛下と一緒に来られたとは思いませんでした。」

「……ベイル。」


 ギルムは衝撃(しょうげき)を覚えていた。任せられる人選だったが、可愛がっていた部下の一人だ。


「シークは…本当に…立てないほど弱っているのだな。私は…(おどろ)きすぎて言葉が出て来ない。」


 シーク本人はそこまで、ギルムに可愛がられているとは思っていなかったが、ベイルには分かっていた。だから、ギルムの衝撃を受けた気持ちが伝わってきて、涙を(こら)えきれなくなる。


「…はい。」


 (うなず)いた途端、涙を止められなくなった。


「…私達も、驚いています。」


 シークの剣を拾ってきた部下達も、みんな集まってきた。


「……隊長が…こんなに…弱ってしまうなんて、想像できなくて…。しかも、剣ではなく、毒で…死にかけるなんて。」


 めったに涙を見せない副隊長が泣いている姿を見て、隊員達は自分達も涙を堪えきれなくなり、すすり泣き始めた。


 シークは隊員達に慕われ、愛されている。そして、王子も彼を慕い、ベリー医師もそうだ。何より、八大貴族のバムスが、死なせたら後悔すると言った。王は彼らの反応も見に来たのだ。

 これも、シークの人徳だ。人徳はないより、あった方がいい。王の反応からして、シークを殺すつもりはないだろう。一安心すると同時に、ギルムの心に複雑な気持ちが広がった。これから、ずっとシークは危険な任務を続けるのだ。


 だが、割り切らなくてはならない。戦力としてシークをそこに送った。本人が続けたいと言った以上、やめさせたくなかった。彼がいるからこそ、セルゲス公の護衛が成り立つのだ。彼でなくては意味がない。

 ベイルの家であるルマカダ家も十剣術だが、ルマカダ家よりもヴァドサ家の方が意味が重い。時に“名家”の名前は重要だ。


(すまない、シーク。だが…踏ん張れるなら踏ん張ってくれ。)


 心の中でギルムは、シークに謝っておいた。誰にも言えない謝罪を。

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