教訓、二十六。隠し事は必ず見つかる。 11
2025/10/11 改
「陛下。やはり、そうだったのですね。」
バムスだった。シークの体を起こさせ、首筋を上向かせる。弱っている上に、四人がかりなので抵抗できない。切りかけて血が流れ、寝間着の襟に吸い込まれていく。バムスはその傷を手巾で押さえ、血を拭いた。
「陛下、ご覧下さい。このすぐ下の薄い傷跡が、私が試した時です。」
バムスの試したという言葉に、その場の者達は目が覚めたような気がした。
「迷いなく、頸動脈の上です。私の時よりも、今回の方が深く切れました。」
「…まったく、ためらいもなかったな。」
ボルピスは言って、理由も聞かずに自害の命令を受け入れようとした青年を見下ろした。果たして、自分にそんな度胸があるだろうか、とボルピスは思う。国の頂点に近くなればなるほど、命根性が汚くなる。
「バムス。お前はなぜ、止めようとした?」
「もし、止めなければ、私は一生、後悔すると思ったのです。」
「…そうか。お前にそこまで言わせるほどの器か?」
「はい。真面目な人柄です。」
バムスは言いながら表情を曇らせた。血が止まらないのだ。押さえた手巾が真っ赤になっていく。
「ラブル・ベリー。グイニスは落ち着いたか?」
呼ばれたベリー医師は急いで、王の前に進み出た。
「これは陛下、久方ぶりの拝謁にございます。殿下は興奮状態が続き、気を失われたので、フォーリに部屋に…。」
「見れば分かる。それよりも、ヴァドサ・シークの傷を診よ。」
ベリー医師の説明を遮り、ボルピスは命じた。
「先生。結構、出血しています。大丈夫でしょうか。」
「……止血点に鍼を打ちます。」
バムスに傷を押さえさせ、他の四人にシークの体を抑えさせたまま、ベリー医師は首やあちこちに鍼を打ち、腕を組んで様子をみる。
「これで、止まらなかったらまずいなぁ。もしかして嫌な想像だけど、動脈がちょっとだけ切れちゃったのか。薬のせいで出血が早くなってるから、傷はそう深くないはずだけど、頸動脈の上、綺麗に当てちゃってるからな。せっかく良くなってきたのに死なれたら困るし、研究にもならない。」
大きな独り言に、王も含めて思わず黙り込んだ。大体、八大貴族のバムスに傷の手当てを手伝わせているのだ。そこからして、普通ではない。
「あ、すみません、ちょっと手巾を離して貰えますか?」
バムスを使って傷の具合を確認する。
「ああ、良かった、止まったみたいだな。頸動脈が切れてなくて。ちょっと焦った。頸動脈が切れたら、さすがの私もすぐに縫えないし、間に合わないと思った。」
ふむ、とベリー医師は頷いた。
「そろそろ部屋に戻って寝ないと。今日、無理したから、せっかく良くなっていたのに、また、しばらく回復に時間がかかるよ。」
ベリー医師は言いながら、腰につけている鞄から軟膏を出して傷口に塗り、紙袋を取り出し、絹布を出して傷口に被せる。その腰の鞄にはちょっとした薬から、包帯まで入っている。もちろん、最後に包帯が出てきてシークの首に巻き付けられた。それが終わって、ようやくシークは解放された。
手際よく手当を終えたベリー医師は、黙って待っている王にようやく向き直った。
「陛下、終わりました。しかし、彼は弱っているので、部屋に戻して寝せたいのですが。」
「弱っているのはなぜだ?」
「最初に猛毒を二種類混ぜたものを飲まされ、次に別の毒を飲まされたため、このように弱っております。」
王は眉間の皺を深くして、ベリー医師にさらに尋ねる。
「重傷だったのか?」
「はい、そうです。何度も死にかけました。生きているのは奇跡的です。危うく死なせるところだったので、死なせなくて済んでほっとしています。」
王は何か考えながら頷いた。
「グイニスは随分、元気になったようだ。急激に回復して成長しているので、いささか驚いた。ラブル・ベリー、お前の功績だ。」
「感謝致します。確かに半分ほどは私の功績ですが、残りは私の功績ではありません。残りの半分の半分、つまり四分の一ほどはフォーリの功績で、残りの四分の一はこの人、つまり、ヴァドサ隊長の功績です。」
ベリー医師の言い分に、ボルピスは思わず吹き出した。
「まったく、さすがはカートン家家門の医師だ。半分は自分の功績だと言ってしまうところが。」
「陛下。自分の功績を述べておかなくては、役に立たないものと思われて、殿下の主治医をやめさせられたら困るので、自分の功績も主張することにしました。」
「なるほど。グイニスの主治医を続けたいということか?」
「はい。せっかく良くなってきたので、元気になるまで診て差し上げたいのです。」
王は頷いた。
「イゴン、こっちへ来て、かつてのお前の部下と話せ。」
なんとか正座で地面に座っているシークは、西方将軍のギルム・イゴンも来ていることに驚いた。それは、他の貴族達も同じだった。
「イゴン、お前の部下はお前が推薦した通り、真面目な男だ。まさかとは思ったが、自害の命を何も言わずに受け入れた。」
ギルムがボルピスのやや後ろに来た所で、ボルピスは話し始める。
「ヴァドサ・シーク。お前はなぜ、自害の命を素直に受け入れた? なぜ、理由も聞かなかった? 死ねと言ったのだぞ。」
シークは頭を下げた。
「陛下。私は国王軍に所属し、親衛隊に配属されています。陛下のご命令が死罪であるならば、私はそれを受け入れるしかありません。陛下のお考えがあってのことだと、存じております。」
「私の考えだと? 単純に気分次第で命じたのかもしれんぞ。なぜ、そう思わない?」
「陛下。お言葉ながら、陛下はそのようなことはなさいません。なぜなら、もし、仮にそのような方でありましたら、国はすでに乱れております。しかし、国は安定しております。ですから、陛下はそのような方ではありません。」
シークの言葉を聞いて、ボルピスは一瞬、言葉に詰まった。愚直なようでいて、間抜けではない。
「そうか。お前の考えは分かった。イゴン、言いたいことがあったら、言っておけ。私はグイニスの様子を見に行く。」
王は言って身を翻した。王の親衛隊がその後に続く。
「それと、ヴァドサ・シークの隊は私がいる間、休んでおけ。私がいなくなってから忙しくなるのだから、それまでの間、休養せよ。」
シークを始め、ベイルもみんな王に頭を下げた。“謹慎”ではなく“休養”なのだ。罰を与えると言った割には随分、寛容な処分である。しかも、本当にシークに用事があったから、やってきたという王の言動に貴族達が一番、驚いていた。




