教訓、二十六。隠し事は必ず見つかる。 10
2025/10/10 改
「待って…!!」
突然、若様の悲鳴のような声が響いた。
「離して、離せ、フォーリ!」
若様がフォーリの手を振りほどいて走ってきた。ボルピスの前に立ち止まり、おそるおそる、だが、覚悟を決めたように王である叔父の顔を見上げた。
「……お…じ上。…陛下。陛下、こんなのおかしいです…! なぜ、ヴァドサ隊長が…ヴァドサが死罪になるのですか! ヴァドサは叔父上が命じられた通りに、任務を忠実に守りました…! いつもいつも命を賭けて私を守ってくれます!
大街道で火事が起こり、怖くてすくんでしまった時、大丈夫だ、必ず守ると言って、一晩中、私を抱きかかえて森の中を走って、刺客から守ってくれました! どんなに息が上がっても、どんなに敵に囲まれても、決して私を置いて逃げようとせず、守ってくれました!
この間の件だってそうです! 晩餐会の時、しきりにベブフフとトトルビが、料理に毒が入っているから毒味をするように、ノンプディに迫り、ノンプディが侍女か侍従にさせると言っても却下し、わざとヴァドサに毒味をさせるように仕向けました…!
その後、晩餐会の会場に、侍従や侍女のフリをした刺客達がなだれ込んできて、ヴァドサは瀕死の重傷だったのにも関わらず、逃げていった私とノンプディを、守ってくれました! その刺客は、手練れのようだと私にも分かりました…! 後ろを振り返りもせずにノンプディを床に投げつけました…!
その相手に、立ち上がるのもやっとなのに、剣を抜いて斬り、刺客を撃退しました!」
若様はそこで大きく息を吸った。両目からは涙が流れている。
「…ヴァドサは…任務を忠実に、守っているだけです!私を何度も助けてくれたのです!」
「お待ち下さい、陛下!」
ブラークとラスーカだった。
「今の殿下のお言葉は、誤解があります…!」
「そのようです、殿下は誤解なさっておいでです…!」
すると、若様はさっと振り返って、二人を睨みつけた。シークもベイルも驚愕した。若様がこんなに人に対して、敵意を露わにしている所を見たことがない。
「何が誤解だ…! 私にだって分かる! お前達は、あの料理に毒が入っていると、分かっていた! 分かっていたから、あれを食べて毒味をするように、執拗にノンプディに迫り、ヴァドサを指名した! お前達、二人は知っていたはずだ! あれに毒が入っていると!
私が食べる料理だと分かっていて、そうしたのだと、私にだって、分かる! それとも、お前達は、私には分からないと馬鹿にしているのか!だ から、何度も不遜な態度を取るのか!
ヴァドサは、私が一口も食べなくてすむように、全部食べた! ニピ族の護衛のフォーリがしてもおかしくないのに、私の側から護衛がいなくならないように、自分が毒味役を引き受けて、毒が入っていると分かっているのに、全部食べた!
あの刺客達だってそうだ! お前達が引き入れたのではないのか! お前達が来る前までは、この屋敷はとても居心地が良かった! ノンプディは真心を込めて、私のために何でも用意してくれた! それなのに、お前達が来ることになってから、騒動が起きっぱなしだ!」
そこにいた全員が、驚愕して若様を見つめていた。そこにいたのは、心が傷ついて人と話すのを怖がっている少年ではなかった。セルゲス公のグイニス王子がいたのだ。
そこで、若様は息が上がって、しゃくり上げた。涙を手の甲で拭い、さらに続けた。
「…で、ですから、叔父上、ヴァドサを助けて下さい。お願いです。私のために、叔父上が与えた任務を忠実に守って、命を賭けたために、瀕死の重傷を負ったのです。お願いです。」
さらに、続けて言いそうな若様に、ボルピスは手を上げて制止した。
「グイニス。お前の話は分かった。だが、私がヴァドサ・シークに死を与えるのは、そのことが原因ではない。そして、私はその命を取り下げることはない。」
若様が一瞬、息を止めるようにして吸った。
「…お…じ上。」
若様の息が上がり始めた。上手く息が吸えなくなり、急いでフォーリとベリー医師がやってきた。口元に紙袋を当てて呼吸を整えさせる。
シークは涙を堪えることができずに泣いていた。それは、ベイルも他の隊員達も同様だった。若様の必死の姿に胸を打たれていた。だが、そんな中で王は一人、冷たいほどの声で言った。
「どうしたのだ、ヴァドサ・シーク。まさか、死ぬのが惜しくなったか?」
「……いいえ。そうではありません。…私のことを…殿下があのように思って下さり…感動のあまり、胸が詰まりました。」
話している間に若様が気絶したようだった。良かった、とシークは思った。自分が自害する場面を若様が見ることがなくて。
シークは短刀を引き抜いた。若様が気絶している今のうちだ。
「…隊長。」
思わずベイルが泣きながら小さく声を上げた。
「…陛下。差し出がましいことではありますが、どうか、殿下のことをお許し下さい。」
シークは最後に深く王に一礼すると、首筋に短刀を当てがって、引いた。
いや、正確には引こうとした。
だが、直前に体を押さえつけられ、できなかった。王の親衛隊達とバムスのニピ族達だった。二人ずつの四人に押さえつけられ、短刀を誰かに取り上げられた。




