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233/582

教訓、二十六。隠し事は必ず見つかる。 9

2025/10/10 改

 王はもはやバムスを振り返りもしなかった。


「ヴァドサ・シーク。邪魔が入ったな。お前の願いは何だ?」

「一つ目は、セルゲス公殿下にご挨拶申し上げたく存じます。」


 王は(うなず)いた。


「良かろう。二つ目は?」

「二つ目は部下達の罪は免じ、挨拶(あいさつ)させて頂けたらと思います。」

「部下達の罪か。お前一人の問題だと?」

「はい。」

「分かった。それも許そう。」

「三つ目は家族には何も言わず、私がしたためました遺言書(ゆいごんしょ)を渡して頂けたら幸いです。」

「遺言書? 持っているのか?」

「はい。いつもは、親衛隊の制服の帯の中に入れて持参しております。ただ、今はこのような状態なので、持参しておりません。」

「なぜ、帯の中に入れている?」

「万一負傷した場合や自害した場合、(ふところ)に血が()まり、読めなくなるものと考えましたので。私の部下ならば、帯のどこに入っているか分かると思います。」


 シークの答えに王は頷いた。


「最後の願いは?」

「部下に短刀を借りることを、お許し下さい。」

「なるほど。短刀がなければ、自害できんな。お前の全ての願いを聞き入れよう。」

「心より感謝申し上げます。」

「私への感謝は良い。お前の願いを実行せよ。」


 シークはもう一度、王に頭を下げると顔を上げて、ゆっくりと若様を探して向き直って座り直した。いつか来る日が今日来たというだけだったから、そう緊張はしていない。


「殿下。短い時間でしたが、お世話になりました。殿下にはたくさん、お伝えしたいことがありますが、時間もないのでこれだけ申し上げます。どうか、絶望せずに希望を持って生きて下さい。必ず、生きていて良かったと思える日が来るはずです。


 殿下は大変、優しい方であると存じております。どうか、私のことでお心を痛めないで下さい。お願い申し上げます。


 最後に守るという約束と、剣術をお教え致します約束を、果たせないことをお()び申し上げます。」


 若様は(ふる)えたままシークを見つめていた。両目からとめどなく涙が流れている。どうか、どうか、このことで心を痛めないで欲しい。強く生きて、生き抜いて欲しい。シークの若様に対する願いはそれだけだ。


「ありがとうございました。」


 深く一礼して、今度は部下達の姿を探した。ことの成り行きに緊張が走っているシークの部下達を代表して、ベイルが前に出てきた。


「お前達、こんな私を隊長と(した)ってくれて、本当にありがとう。私には至らない所がたくさんあったが、みんなのおかげでここまでこれた。これからは、ベイルを隊長として団結し、任務を遂行して欲しい。本当にありがとう。


 ベイル。お前の補佐のおかげでここまで来れた。私が死んだ後の始末は大変だと思うが、よろしく頼む。遺言のことも頼んだ。家族にはさっき、陛下に申し上げたとおりにして欲しい。」


 覚悟が決まっているシークに対し、どうして、こうなっているのか分からず、みんな動揺して困惑していた。ベイルも動揺している。だから、こんな時なのに…いや、こんな時だから言ってしまった。


「…隊長。実は、オスターは生きているんです。毒で死んだと思っていたら、仮死状態になっていただけだったんです。また死ぬかもしれないので、隊長には言っていなかったんです。」


 シークはじっとベイルの顔を見つめた。そして、唐突にロルが寝台の側に立って、シークを呼んでいたことを思い出した。あれが、夢ではなかったことに心底ほっとした。思わず胸が詰まって涙が流れる。


「……そうか。良かった。生きていたか。これで、心残りがなくなった。教えてくれてありがたい。ベイル、後を頼んだ。」


 シークは指で涙を拭くとベイルに頼む。


「ベイル。短刀を貸してくれ。」


 ベイルはしばらく、凍り付いたように動かなかった。いや、動けなかったのだ。どうして、自分たちの隊長が今、死ななくてはならないのか。どうして、一言も弁明せずにシークは死のうとしているのか。それらの苦悩がベイルを動けなくさせていた。


「ベイル。悪いな。貸してくれ。」


 もう一度、静かにシークに言われて、ベイルはぎこちなく短刀を抜いて差し出した。その手の上に涙が落ちる。

 シークが短刀を受け取ると、うつむいたままのベイルは、いつまでも手を離そうとせず、涙がとめどなくシークの手の上とベイルの手の上に落ちていく。


「…ベイル。」

「……。」

「…ベイル。」


 シークに静かな声で促されて、ようやくベイルは手を離した。


「……すまない。お前も自分を責めたりしないでくれ。」


 シークはボルピスに向き直った。


「陛下。お待たせ致しました。」


 一礼して、(さや)から短刀を引き抜いた。

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