教訓、二十六。隠し事は必ず見つかる。 9
2025/10/10 改
王はもはやバムスを振り返りもしなかった。
「ヴァドサ・シーク。邪魔が入ったな。お前の願いは何だ?」
「一つ目は、セルゲス公殿下にご挨拶申し上げたく存じます。」
王は頷いた。
「良かろう。二つ目は?」
「二つ目は部下達の罪は免じ、挨拶させて頂けたらと思います。」
「部下達の罪か。お前一人の問題だと?」
「はい。」
「分かった。それも許そう。」
「三つ目は家族には何も言わず、私がしたためました遺言書を渡して頂けたら幸いです。」
「遺言書? 持っているのか?」
「はい。いつもは、親衛隊の制服の帯の中に入れて持参しております。ただ、今はこのような状態なので、持参しておりません。」
「なぜ、帯の中に入れている?」
「万一負傷した場合や自害した場合、懐に血が溜まり、読めなくなるものと考えましたので。私の部下ならば、帯のどこに入っているか分かると思います。」
シークの答えに王は頷いた。
「最後の願いは?」
「部下に短刀を借りることを、お許し下さい。」
「なるほど。短刀がなければ、自害できんな。お前の全ての願いを聞き入れよう。」
「心より感謝申し上げます。」
「私への感謝は良い。お前の願いを実行せよ。」
シークはもう一度、王に頭を下げると顔を上げて、ゆっくりと若様を探して向き直って座り直した。いつか来る日が今日来たというだけだったから、そう緊張はしていない。
「殿下。短い時間でしたが、お世話になりました。殿下にはたくさん、お伝えしたいことがありますが、時間もないのでこれだけ申し上げます。どうか、絶望せずに希望を持って生きて下さい。必ず、生きていて良かったと思える日が来るはずです。
殿下は大変、優しい方であると存じております。どうか、私のことでお心を痛めないで下さい。お願い申し上げます。
最後に守るという約束と、剣術をお教え致します約束を、果たせないことをお詫び申し上げます。」
若様は震えたままシークを見つめていた。両目からとめどなく涙が流れている。どうか、どうか、このことで心を痛めないで欲しい。強く生きて、生き抜いて欲しい。シークの若様に対する願いはそれだけだ。
「ありがとうございました。」
深く一礼して、今度は部下達の姿を探した。ことの成り行きに緊張が走っているシークの部下達を代表して、ベイルが前に出てきた。
「お前達、こんな私を隊長と慕ってくれて、本当にありがとう。私には至らない所がたくさんあったが、みんなのおかげでここまでこれた。これからは、ベイルを隊長として団結し、任務を遂行して欲しい。本当にありがとう。
ベイル。お前の補佐のおかげでここまで来れた。私が死んだ後の始末は大変だと思うが、よろしく頼む。遺言のことも頼んだ。家族にはさっき、陛下に申し上げたとおりにして欲しい。」
覚悟が決まっているシークに対し、どうして、こうなっているのか分からず、みんな動揺して困惑していた。ベイルも動揺している。だから、こんな時なのに…いや、こんな時だから言ってしまった。
「…隊長。実は、オスターは生きているんです。毒で死んだと思っていたら、仮死状態になっていただけだったんです。また死ぬかもしれないので、隊長には言っていなかったんです。」
シークはじっとベイルの顔を見つめた。そして、唐突にロルが寝台の側に立って、シークを呼んでいたことを思い出した。あれが、夢ではなかったことに心底ほっとした。思わず胸が詰まって涙が流れる。
「……そうか。良かった。生きていたか。これで、心残りがなくなった。教えてくれてありがたい。ベイル、後を頼んだ。」
シークは指で涙を拭くとベイルに頼む。
「ベイル。短刀を貸してくれ。」
ベイルはしばらく、凍り付いたように動かなかった。いや、動けなかったのだ。どうして、自分たちの隊長が今、死ななくてはならないのか。どうして、一言も弁明せずにシークは死のうとしているのか。それらの苦悩がベイルを動けなくさせていた。
「ベイル。悪いな。貸してくれ。」
もう一度、静かにシークに言われて、ベイルはぎこちなく短刀を抜いて差し出した。その手の上に涙が落ちる。
シークが短刀を受け取ると、うつむいたままのベイルは、いつまでも手を離そうとせず、涙がとめどなくシークの手の上とベイルの手の上に落ちていく。
「…ベイル。」
「……。」
「…ベイル。」
シークに静かな声で促されて、ようやくベイルは手を離した。
「……すまない。お前も自分を責めたりしないでくれ。」
シークはボルピスに向き直った。
「陛下。お待たせ致しました。」
一礼して、鞘から短刀を引き抜いた。




