教訓、二十六。隠し事は必ず見つかる。 8
2025/10/09 改
その頃、裏庭はもっと大変だった。
「お前達、そこで一体何をしている?」
威厳のある声が唐突にして、全員が驚いて振り返った。
王は、ほぼ全てを見て聞いていた。シークが転びながら剣を振っていた所から、ベリー医師に弱音を吐き、その後にグイニスが抱きついて泣いていた所も、ほとんど全部を見ていた。そして、頃合いを見て声をかけたのだ。
もちろん、そこに到達するまでにバムスやシェリアの領主兵達も、王の突然の訪問に気がついたが、ギルムと共に護衛している親衛隊に黙っているように命じられ、全員、黙っているしかなかった。王の護衛である。当然、選りすぐりの精鋭部隊で規模も人数も違う。
それでも一部は走って行って、主達に王の訪問を知らせに走っていたので、エーマが衣装の準備をして走ったのだ。
シークも聞き覚えのある声に驚いていた。木の陰の向こうに見えた姿は、聞き間違いではないことを示していた。
そして、覚悟を決めた。いつか、こういう日が来るかもしれないと覚悟していた。今日が、その日だ。
若様は叔父の王の声に、びくっとして固まってしまう。フォーリが急いで若様の肩に手をかける。
「若様。」
若様は手の甲で涙を拭った。固まってしまった若様を、フォーリが抱きかかえてシークの胸から離したが、もうそこには、王のボルピスが来て立っていた。
「…事件が本当なのではないかと思うような状況だな。」
王の第一声に、シークは動かない体を必死に動かして、地面の上にサリカタ王国での正座をした。
「陛下、久方ぶりに拝謁申し上げます。」
深々と頭を下げてシークは王に挨拶した。従兄弟達が起こした事件もあるので、言い逃れはできない。
「一体、何をしていた?」
「…お、叔父上…私が…私が勝手に……。」
若様が必死になって声を上げた。すると、王は鋭く言う。
「グイニス。私がいつ、お前に発言する許可を与えた?」
甥に対する言葉と思えないほど、厳しい物言いだった。若様がはっとした気配をシークは感じていた。
「お前は黙っていよ。」
ボルピスはシークを見下ろした。寝間着のままで、しかも、汗をぐっしょりかいて泥だらけだ。髪ですら結んでいない。
「ところで、ヴァドサ・シーク。お前は一体、誰の命で動くのだ?」
シークは王が来ていることしか知らなかった。西方将軍のギルムは後ろに下がっていたので、見えなかった。頭を下げたまま答える。
「陛下のご命令です。」
「ならば、今し方見た物は一体、何だ?」
「…申し訳ございません。」
「一体、何の謝罪だ?」
「それは…。」
シークが言いあぐねていると、さっき厳しく叱られた若様が声を上げた。
「叔父…陛下、は…発言をお許し下さい。勝手に…お話しすることをお許し下さい。……で、ですが、黙っていることはできません。…な…なぜ…なら、私がヴァドサに…無理に頼んで…そうして貰ったからです。」
若様の声が震えた。
「ヴァドサ・シーク。」
王は完全に無視して、シークに言った。
「お前にどのような罰を与えようか?」
「陛下。愚かなる私には、そのようなことは分かりません。どうか、陛下の思うままになさって下さい。」
シークの答えを聞いた王は、さらに聞いた。
「どんな罰でも受けるというのか?」
「はい。」
「二言はないか?」
「はい。」
王は少しの後、はっきり告げた。
「ならば、自害せよ。」
「はい。承知致しました。」
あまりに迷いない返事だったため、ボルピスはシークを見つめた。
「私は今、お前に死ねと言ったのだ。聞き違いではないぞ。」
「はい。承知致しております。」
周りの空気の方が、固まった。王を護衛する親衛隊も息を呑み、当然、シークの部下達を含め、シェリアとバムスの領主兵達も驚いていた。突然、王が来て死ねと言ったのだ。それを当然のように受け止めたシークに驚いている。
「…ならば、実行せよ。」
「陛下。実行致しますが、その前に三つ…いえ、四つの願いを申し上げてもよろしいでしょうか。」
「四つもあるのか?」
「はい。愚かなる私には、願いを絞ることが出来ませんでした。私にはどれも大切なことなので、聞いて頂けましたら幸いでございます。」
その時、複数の足音が後ろにした。領主兵達が場を開け、ボルピスにもこの屋敷の主達がやってきたのだと分かった。
「陛下。ご挨拶申し上げます。」
バムスがボルピス王に挨拶する。ラスーカとブラークが、その後に続いて機嫌取りの言葉を長々と連ねる。
「陛下、突然のご訪問で驚いています。せめてご連絡がありましたら、きちんとお出迎えできましたものを。」
ブラークがそんなことを言い出した。
「ここがいつから、お前の屋敷になったのだ?」
当然、ボルピスに指摘され、ブラークは言葉に詰まる。そうしている間に、輿が運ばれてきた。着飾ったシェリアが走って来るわけにはいかないので、屋敷内でも輿に乗ってきたのだ。
輿から、優雅に慌てることなくシェリアは降りると、ゆったりと王の前に敬礼した。
「陛下、ようこそおいで下さいました。本日はどのようなご用件でおいで下さいましたのか、教えて頂けたら幸いです。」
ボルピスは少しだけ四人集まった貴族達を眺めると、はっきり言った。
「お前達に用があるのではない。ヴァドサ・シークに用がある。」
聞きようによっては、とんでもないことである。王が親衛隊の隊長のために、わざわざ首府のサプリュを出て会いに来たのだから。
「ヴァドサ・シーク。自害する前の四つの願いとは何だ? 申してみよ。」
「お許し下さり、感謝致します。」
四人の貴族の間に、さすがに緊張が走った。
「陛下。ヴァドサ・シークに自害を与えたのは、なぜでしょうか?」
バムスが尋ねる。
「何を言いたい?」
「恐れながら、私の目には親衛隊長ヴァドサは任務を忠実に守り、自害を与えられる罪を犯してはいないものと存じます。」
ボルピスはふん、と鼻で笑う。
「そうか。だが、当のヴァドサ・シークは言い訳もせずに、自害を受け入れた。罪があると自覚しているからではないか? そうだろう、ヴァドサ・シーク?」
「はい。」
当の本人が迷いなく答えてしまうため、さすがのバムスも慌てた。時間稼ぎのしようがない。死ぬのが嫌だと泣きわめくわけがないと分かっていたが、こうも潔いと本当に分かっているのだろうかと疑ってしまう。
「しかし、陛下。」
「バムス。」
なおも食い下がろうとしたバムスに、ボルピスは鋭く言って遮った。
「いつから、親衛隊はお前のものになった?」
その問いで、バムスは理解した。王の命令しか聞かぬ者が、グイニス王子の言うことを聞いて、敬意を払わずに発言したからだ。グイニス王子のことを思いやった行動だったが、やはり、王はそれを問題視した。本人もそれを分かっているから、素直に言い訳の一つもしない。こういう人だと分かっていたが、こういう人だからこそ死なせたくない。
しかし、バムスはこう答えるしかなかった。
「陛下、出過ぎたことを申し上げました。申し訳ございませんでした。」




