教訓、二十六。隠し事は必ず見つかる。 6
2025/09/20 改
時はおよそ十五日ほど前に遡る。
シークが毒を盛られて倒れ、シェリアの屋敷が襲撃された後、ラスーカとブラークが契約を結ばされてからのことである。
国王であるボルピスに密偵から驚くべき情報が伝えられた。シェリアの屋敷で起こった事件を聞き、ボルピスは眉間の皺を深くした。
「…ラスーカとブラーク……。あの二人、さっそくやりおったか。」
思わず苦々しく呟く。
「陛下、どうか気をお鎮め下さい。」
侍従長のナルダンがボルピスに茶を運んできた。
「親衛隊の隊長に毒を盛っただと…? しかも、二回も。正確に言えば三回目か。さすがのヴァドサ・シークも倒れたようだ。瀕死の重傷らしい。」
ナルダンが茶を注ぎ、茶の香りが辺りに漂う。その香りを嗅いで、ボルピスの怒りが少し和らいだ。
「……だが、問題はこれらの報告の相違だ。みんな言うことが違うではないか。一番、まともなのはバムスか。そこはやはり、抜け目ない。シェリアもそここそ真相を書いておるようだが、本気でヴァドサ・シークに惚れておるようだ。まったく。ラスーカとブラークに対する恨みをこれでもかと書いておる。
その一方で、ラスーカとブラークはシェリアが毒を入れたとか主張し、そのせいで毒味をしたヴァドサ・シークが倒れたと騒いでおる。しかも、その後のシェリアの屋敷に襲撃については、一言も触れられておらん。」
ボルピスは送られてきた報告書を、一枚一枚、長椅子の前の小机の上に軽く投げながらナルダン相手に言った。
「だが! これは何だ…!」
バン、と持っていた最後の一枚を小机に叩きつけた。親衛隊からの報告書である。
親衛隊からの報告書は、すべて王に直接報告される。王や王族の護衛だからだ。もちろん、グイニスに関する報告書、つまり、シークからの報告書には、特に全部目を通している。
だが、今回の報告書は代筆だ。代筆は副隊長のベイル・ルマカダとなっている。以前、副隊長のベイルが報告書を代筆していた時は、シークが負傷している時だった。つまり、今回も報告書を提出できない状態だと想像できる。以前は素直に大街道で起こった事件を報告し、隊長のシークが負傷した経緯を書いてあったが今回は違う。
なぜか『何も問題はない。』と報告書に書いてある。何が起こったのか、説明していない。シークの指示なのか、それとも副隊長のベイルが自分で考えたのか、分からない。シークの指示だった場合は、それはそれで問題だ。しかし、副隊長のベイルが自分でそう書いたのだとしたら、もっと問題だった。
なぜなら、隊長に相談する事もできなかった事態を想定できるからだ。そう、バムスの報告通り、毒を盛られたため動くことが出来ない、以上の状況だろう。シェリアも事態を軽めに報告しているようであるし、ラスーカとブラークに至っては、少し医者の治療が必要だったが心配はいらないようだ、などと書いている。
ラスーカとブラークは、親衛隊の隊長に毒を盛ったとバレたらまずいので、軽めに事態を報告しているにしても、結果として四人の貴族が全員、状況を軽めに報告し、事実をきちんと伝えていない上、シークに対して厳しい罰を与えないようにと言っていることである。
親衛隊の報告書を見れば、明らかにシークの筆跡ではなく、副隊長のベイルのものだ。
シーク自身の言葉はどこにもない。
「西方将軍のギルム・イゴンを呼べ。」
ボルピスは茶を一口飲んで命じた。かつての上司であるギルムが何と判断するか。
「はい。」
ナルダンがすぐに手配して戻ってきた。
ボルピスは考えていた。もし、シークが指示したのなら、なぜなのか。おそらくの見当はつく。もし、そうしたのなら、カートン家の働きかけがあったのだろう。
グイニスの主治医のラブル・ベリーが、たとえ何があっても、親衛隊を代えないで欲しいと頼んできていた。
カートン家はラブルの意向を汲んで、グイニスのためには親衛隊は今のままであるのがいいので、そうして欲しいと言ってきている。確かに、ヴァドサ・シークに毒を盛られたとも報告してきているが、詳しいことは治療に専念するので、また後ですると言ってきており、結局の所、何も分からない。
みんな、詳しいことには口をつぐみ、先手を打って、親衛隊を代えないで欲しい、ヴァドサ・シークはそのままにしておいて欲しい、という妙な頼みをしてきているのだ。




