教訓、四。優しさも危険を招くことがある。 5
男の作戦は成功しているといっていい。シークはかなり警戒していた。二階の控え室は若様のために他に誰もいないので、もう一部屋は使われていなかった。しかも、明かり取りの窓があるだけで大きな窓はなく、外から入るのも難しい部屋だった。
だが、その部屋は今、かなり危険だと思われた。もう一つの若様が使う部屋にしようとしたが、男が頑として言うことを聞かず、若様を泣き落としにかかったので仕方なかったのだ。
若様が使っている部屋からその部屋に繋がっているが、出入り口は一つだけだ。ほとんど密室状態になる。
「フォーリ、念のため聞いておくが、万一の時、お前はあの窓を壊して中に入れるか? 出入り口はあの小机を動かしたら、塞げなくもない。」
「もちろん、入れる。」
男を部下に見張らせて、急ぎシークはフォーリと相談した。その結果、先にその小机は外に出した。椅子さえない部屋にしてから、男を先に中に入れる。ただ、作り付けの寝台は動かせないので、布団は全て畳んで外に出し、見通しがいいようにした。下に隠れることができないようにしてある。
男の持ち物を検査し、何も持っていないか徹底的に確認する。その間にフォーリが若様に言い聞かせた。
「いいですか、若様、私達はすぐ外にいますから、何かあったらすぐに助けを呼んで下さい。」
「うん、分かった。」
若様は緊張した面持ちで頷いた。
若様が中に入っていき、扉が閉められる。シークはすぐに扉の前に移動した。
グイニスは緊張しながら男と対峙した。男は手を縛られたままだ。
「お願いがあります。」
男が切り出してきた。
「…お、お願いって?」
男の家族を助けなければと思い、興奮しているせいか、あまり人と話すのが怖くなかった。本当なら狭い所も密室も嫌だが、なんとか堪えられる。とにかく、この男の家族を助けなければという使命感で動いていた。
「緞帳を閉めて貰えませんか?」
明かり取りの窓を見ながら男が言った。
「…でも。」
「お願いします。」
男が頼むので、グイニスは窓に近づいて緞帳を閉めた。フォーリが窓の外にいるが、きっと彼なら緞帳を閉めたくらいでも簡単に入って来れるだろう。そう思ってのことだった。
明かり取りの窓の緞帳を閉めたので、途端に部屋の中は薄暗くなる。
「こっちに来て下さい。」
男は言って、グイニスを扉からも窓からも、一番遠く離れた部屋の隅に連れて行った。そこには作り付けの寝台があり、簡単な布団が置いてあったが、畳まれて外に運び出されていた。
「ここに寝そべって下さい。」
「え?」
言われた意味が分からなくて、グイニスは聞き返した。
「ここに横になって下さい。ご存じないかもしれませんが、密談をするのに最適な姿勢は寝そべることなのですよ。」
男は言って寝台と壁の間の隙間を指さした。さすがにそれはためらった。ただでさえ、人と二人っきりになるのは怖い上に、密室にいてしかも横になれというのは怖かった。なぜか必要以上に恐怖がくる。
「あなたに話さなければ、私の家族は殺されてしまうのです。」
男の湿った声にグイニスは、はっとした。恐る恐るそこに近づいて、なんとかまず腹ばいになった。
「!」
何が起こったのか理解できなかった。急に肩を強く押さえつけられた。思わず顔を上げると、男はしーっと口に指を当てる。男の腕は拘束されたままだ。だから、顔と顔がかなり近くて、グイニスは怯えて首を縮めた。声を出そうとしたが、喉が詰まって声が出ない。
「大丈夫ですよ。狭いから近くにいるだけです。」
男は小声で聞こえるか聞こえないかくらいで言ってきた。自分にだけ話さなくてはならない話なんて、一体なんだろう。グイニスはようやくそのことに思い至った。だが、今はそれどころではなかった。
男がグイニスの横に座り込んだかと思うと、いきなりグイニスの体を仰向かせ、その上に馬乗りになった。
「!」
声は出せなかった。手で口を押さえられる。男の体重がかかって苦しい。男はグイニスの上で完全に腹ばいになった。がっちりと押さえ込まれ、まだ少年のグイニスには手も足も出ない。きっと何か武術をしているのだろう。
「くくく。」
男が喉で笑った。しばらく声を出さないようにして笑った後、グイニスの耳元で囁いた。
「可愛い王子さまだ。」
グイニスはびくっと震えた。思い出したくない。こういう状況が前にもあった気がする。
「心配はいらない。俺は独り者。家族なんていやしない。」
グイニスは目を見開いた。嘘だったのだ。
「そんな顔するなよ。ん?ほんと、可愛いよなぁ、お前。本当ならすぐにお前の首を絞めて殺すはずだったんだが、この顔だもんなぁ。なんかおしくなっちまってよ。殺す前に食わせて貰うぞ。いいよな?」
グイニスの両目に涙が盛り上がった。騙されていたのだ。フォーリもシークも本当のことを言っていたのに、彼らの言うことを信じなかった結果、こんな目に遭っている。悔しい上に何もできない自分が情けなかった。
泣き出したグイニスを見て、男が声を出さずに笑った。生暖かい息が当たる。しかも、何を食べたのかくさい臭いがする。
男はおかしかった。ニピ族も国王軍もたいしたことがない。こんなに簡単に出し抜けるなんて思いもしなかった。しかも、可愛らしい王子を目の前にして興奮してもいた。少女なのではないかと疑ってしまう。ほっそりした首元に顔を近づけて囁いた。
「…なあ、オレは本来、女一本なんだ。男色の趣味はないんだぜ?だけど、お前を見たら試してみたくなってよ。お前が悪いんだぞ、こーんなに可愛い顔してるから。泣くなよ、一応男なんだろ?」
男は完全に国王軍もニピ族も馬鹿にしていた。