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教訓、二十六。隠し事は必ず見つかる。 4

2025/10/04 改

 誰も何も言えなかった。


 シークはだんだん剣すらも持てなくなっていた。ただでさえ体力が落ちているのに、剣を振っては何度も転んで拾うという、元気ならしなくていい行動を繰り返しているから余計だ。


 呼吸を整えて渾身(こんしん)の力を込めて振り上げた剣が、向こうの茂みの方に手からすっぽ抜けて飛んで行ってしまい、シークは自分の体を引きずるようにして進んで行こうとしたが、とうとう木の幹に手を当ててしゃがみこんだ。体が震えていて呼吸を整えいているのだと思ったが、違うことにウィットは気が付いた。


(…隊長が…泣いてる。)


 ウィットは声を上げて泣きそうになるのを、腕で押さえて我慢した。

 だって、そうだ。隊の中で隊長のシークほど、何でもこなす人はいない。たった二十歳で新兵の指導教官に任命されたほどの実力者だ。弓、馬、長柄物、体術、そして、剣術。シークの生まれは有名剣術の流派なので、剣術が上手いのは当然と言えばそうなのかもしれないが、実は長柄物もかなり得意だ。もしかしたら、ニピ族のフォーリよりできるのではないかと、ウィットは思っている。


 そのシークが剣を振れなくなった。それが、何を意味するのか、分かっている。

 シークが泣きながら、(こぶし)を振り上げて木の(みき)に叩きつけた。何度も拳を幹に叩きつける。

 隊長のシークが何か物に当たっている所など、一度も見たことがなかった。

 その手首をベリー医師が(にぎ)って止めた。


「やめなさい。手を怪我します。もう…してますが。」

「………放っておいて下さい。」


 右手を握られたまま、シークは声を(しぼ)り出すようにベリー医師に言った。


「放っておけません。何でも言いなさい。心に()まっているものを全部、吐き出しなさい。あなたは我慢強い。それだけに限界が来るまで我慢してしまう。限界が来てからでは遅いんです。」

「……言えません。」


 ベリー医師は、シークの血が出ている右手を手巾で軽く縛り、右手を静かに降ろしながら、一緒に自分もしゃがんで視線を合わせた。

 うつむいているシークの横顔を見つめる。本当は号泣でもしたいのに、我慢しているのだろうとベリー医師は考える。


「なぜ、私に言えないんですか?」

「……先生は…悪くありません。それなのに、先生に文句を言ってどうするんですか?」

「私に文句を言う人はざらにいますよ。医者はしょっちゅう、文句を言われっぱなしです。怒鳴られたり、糾弾(きゅうだん)されることもしょっちゅです。」

「……。」

「みんな、こう言います。『なんで、助けてくれないんですか!』『治してくれるって思ったのに!』『どうして、治してくれないんですか!』」


 ベリー医師は続けた。


「あなたには特別に許可します。文句を言っていいですよ。なんでもいいです。馬鹿でもアホでもいい。というか言いなさい。」

「……。」


 黙り込んで、自分の気持ちを抑えようとしているシークの様子を見て、ベリー医師はため息をついた。


「分かりました。こうしましょう。あなたと私は今から友人です。あなたと私は親衛隊の隊長と宮廷医ではなく、ただの友人同士です。いいですか。あなたは私より年下だし、呼び捨てにします。」


 ベリー医師はシークの肩に手を置いて、うつむいている顔の様子を確認しながら言う。


「シーク、言え。心に溜めているもの、全部を吐き出しなさい。」


 シークは(こら)えようとしていたが、結局、堪えきれずに涙が(あふ)れだして嗚咽(おえつ)()れた。


「……先生、私は…治るんですか? このまま動けなくなるのかと…不安です。」

「他には? 昼食の時、(さじ)を落として泣きそうになっていました。どうして?」


 ベリー医師がそのことを聞くと、シークは余計に泣き出した。隊長という立場上、誰にも何も言えず、言わずに一人、抱え込んでいる。かなり苦しかっただろうと、ベリー医師は思う。


「…私には…病弱な妹がいました。…生まれて間もなく亡くなった妹とは別に……十四歳で亡くなった、私とは七歳違いの妹がいました。

 妹が……亡くなる直前…食事も自分でできなくなり、匙を落として泣きました。


『とうとう匙ですら持てなくなった。もう、生きている価値がない。どうして、自分だけがこんな病気なのか。もっと、人に迷惑をかけないで生きたかったし、家族みんなと同じように剣術だってしたかった。』


 そう言って泣きました。私は何も言えず、ただ妹の両手を握って一緒に泣くしかできませんでした。」


 シークはすすり泣いた。


「私は…今…初めて妹の気持ちが分かります。今まで…分かりませんでした。思いやっているつもりで、分かっていなかった。どんなに一人で苦しみ、もどかしい思いをしていたのかと思うと、胸が詰まります。」


 誰もが隊長のシークの、そんな話を聞いたことが無かったので、(おどろ)いていた。ベイルは少しだけ耳にしたことがあったが、詳しいことは知らなかった。


「…若様にも…(きび)しいことを言いました。生きている価値がないと仰る、その気持ちが…分かりました。人に世話をして貰わなくては、何一つできない。もどかしくて、情けなくて、悲しくて、苦しく、恥ずかしい。そして、何より申し訳ない。


 若様が、この世から消え去ってしまいたい、と(おっしゃ)る気持ちが、ようやく分かりました。

 二人はまだ、たった十四歳なのに……こんなに苦しい思いをしているのかと思うと、胸が張り裂けそうです。」


 ベリー医師は(うなず)いて、涙を(ぬぐ)った。シークの気持ちが伝わってきて、胸が詰まった。

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