教訓、二十六。隠し事は必ず見つかる。 3
2025/10/04 改
ウィットはこの日、隊長のシークを護衛する当番だった。はっきり言って、隊員達は衝撃を受けていた。いつも元気で、どんなにきつい訓練でも、一番ピンピンしていたシークが、こんなに体力を失ってしまうとは、考えたことがなかった。
こんなに病んでいる姿を目にすることになるとは、想像だにしなかった。セルゲス公である若様は、しくしく泣いていた。彼が泣くと本当にしくしく泣く、という表現がふさわしい気がする。
とにかく、見舞いに行って泣いていた。シークの見舞いに行って泣かない日がなかった。自分のせいだと強く思っているのが、手に取るように分かる。
だから、隊員の誰一人として、若様を責めなかった。そもそも、こんな身寄りのない少年に刺客が送られ続けること事態、異常なのだ。その護衛の親衛隊の隊長の暗殺を目論むのは、前代未聞の事件だった。
ウィットは本当にシークが回復するのか疑問だったが、とりあえず熱は下がり、薬の一定の効果が現れて、少し顔色が良くなってきたので、ほっとしていた。高熱が続いたため、シークは確実に痩せた。毎日、様子を見ている隊員達でさえ驚くのだから、久しぶりに会った人が見たら、驚愕するだろう。
この体を元に戻すのに、相当の努力が必要だろうことは、想像に難くない。しかも、もしかしたら元には戻らないかもしれない、その可能性もウィットは考えていた。ウィットはリタ族である。リタ族は植物に詳しいが、人手がなければ薬剤師代行ができるほど、薬にも詳しい。
だから、余計にベリー医師の手伝いを命じられることが多かった。ベリー医師が呼んだ医師団は、ほとんどは帰って行ったが、数人は残って薬草園の薬草を管理したり、薬草を煎じるのを手伝ったりと、以前、ベリー医師がしていた仕事をしている。もちろん、シークの看病も手伝っている。
「…ベリー先生、隊長は大丈夫か?」
ウィットは薬草の仕分けを他の医師二人と手伝いながら、ベリー医師に尋ねた。
「ウィット君、年長者に物を聞くときは、敬語を使いなさい。その方が身のためだな。問題を起こしにくい。」
今まではシークに厳しく指導されていたが、隊長が寝込んでいるので、代わりにベリー医師に指導されていた。ベリー医師の厚意で勝手に指導されている。
「隊長は大丈夫でしょうか?」
仕方ないので、ウィットは言い直した。
「大丈夫って、どういう意味で? 体力的な問題? それとも心の方?」
「両方…です。特に最近、落ち込んでいる。昼間も飯の時、匙を取り落として何か、ものすげ…物凄く悲しそうだった…です。泣きそうだった。」
ベリー医師は頷いた。
「今まで目立った病気もなく元気だった人だから、とてもきついと思うよ。こんなに自分の体が動かない経験なんて、していないだろうから。かなり辛いだろう。君の目から見ても参ってるか……。不安だろう。このまま一生、動かないのではないかと。私も気になっていた。」
ベリー医師は他の医師達に作業を任せ、ウィットと二人、眠っているはずのシークの様子を見に、隣室に行って絶句した。
シークの姿がない。寝台はもぬけの殻だった。しかも、剣がない。万一のため…というか常に剣と共に生きてきた人なので、剣がないと落ち着かず、寝ぼけながらでも剣を探しているのを目撃したため、剣を側に置いてあった。
二人はすぐに探しに出て、シークはじきに見つかった。寝間着姿のまま、外に出て歩いていた。その後をウィットの仲間達が静かに、そっと距離を置いて見守っていた。
若様の護衛以外、シークを護衛している。みんな頼りにしていた自分達の隊長が、こんなに弱っているので、心配でたまらないからだ。しかし、夜番の担当は寝なくてはならないし、交代で仮眠を取ったりしながら、順番に回していた。
しかも、シェリアとバムスも、警備を厳しくしているので、若様の周りとシークの周りは異常なほどに大勢の護衛がうろついている状態だった。
みんなこっそり、シークの後をつけていた。気配で分かっているかもしれないが、みんなの隊長はフラフラと必死になって歩いていた。
少しの距離を歩くだけで、とてもきつそうだ。壁に背中を預け、息を整えている。剣もきちんと持てず、時々、取り落としそうになる。その姿は衝撃的だった。今までに剣を取り落としそうになっている所など、一度も見たことがない。
ウィットは泣きそうになった。必死に堪える。他の遠巻きに様子を見守っている仲間達も同じだった。必死に涙を堪えている。
シークはしばらく休んでから、また歩き出した。よろよろしながら、歩を進め、とうとう転んだ。もしかしたら本人が一番、衝撃を受けたかもしれない。それでも、呼吸を整えてから、ごそごそと動き出し、なんとか建物の壁に手を当てて、体を建物の壁に這わせるようにして立ち上がった。
もうすでに、何回か転んでいるのだろう。寝間着は泥だらけだ。足も腕もすりむいているようだ。
シークはどこかに向かっている。ゆっくりと、裏庭の方に回っているようだった。何度も休み、転んだりつまずいたりしながら、時間をかけて裏庭になんとか到達した。
広いところに出て、ようやくシークは立ち止まった。息を整えてから、剣を抜いた。だが、抜くのにも四苦八苦しながら、鞘が重みで勝手に落ちるようにさせて剣を抜いた。
もう、みんな分かっていた。シークが何をしようとしているのか。剣を振ろうとしているのだ。剣を構え、振り上げる。何とか腕を支え、もう一回繰り返した。腕が震えている。それでも、もう一回振った所で剣が落ちた。
シークはしゃがむと剣を拾う。ゆっくりと引き上げるように持ち上げ、振ろうとしたが鞘につまづいて転んだ。なんとか体を起こそうとするが、立てないでもがいている。地面に腹ばいの状態で一時、休んでいたが、ゆっくり四つん這いになると、そのまま剣を握って這い進んだ。木の前に来ると、かつて枝を剪定した後、こぶ上になっている部分に手をかけ、ゆっくり体を引き上げて立ち上がった。
木の幹に背中をつけて休んでから、一歩進んで剣を振る。だが、勢いに振られて地面に剣先が当たった。もう一度振って、やはり剣を取り落とした。落とすたびに剣を拾い、自分の体の勢いに振られて尻餅をついたり、転んで倒れたりしながら、何度も繰り返した。
ウィットは見ているのが辛くて、泣くのを我慢できなかった。周りの仲間達も同じだ。もう、やめて欲しかった。それなのに、シークは何度も繰り返し同じ事をする。
ふと気が付くと、ウィットは若様とフォーリがいることに気が付いた。たまたま裏庭を散歩していて、見つけてしまったらしい。若様がフォーリの腕の中で、声を押し殺して泣きながら様子を見ている。フォーリも辛そうな表情を浮かべていた。ベイル達、若様の護衛組も当然、その場を目撃していた。




