教訓、二十五。つじつまを合わせる後始末は難しい。 16
2025/10/02 改
シェリアは寝室に戻るなり、寝台に突っ伏した。
(なぜ、来てしまったの。あんな所を見られたくなかったのに。)
シークがやってくるとは思わなかった。ベリー医師にしては珍しく、口を滑らせたか何かだろう。彼が知ることのないようにしたはずだった。それなのに、一番気づかれたくない人に気づかれてしまった。
きっと、シェリアに失望しただろう。しかも、あんなことを言うなんて。
(これからは私に思いを寄せないで下さい…なんて。ひどい…! ひどいわ…! 思いを寄せることすら、許してくれないなんて…!)
「シェリア、体を冷やすわよ。」
しばらくするとローダがやってきて、シェリアに薄い毛布を肩からかけた。
「…ローダ。ひどいわ、あの方。自分を害した本人を目の前にして、わたくしに復讐するなと言ったのよ…! あんな男のために、頭を下げて…! どこまで…どこまで、人がいいの…。」
「シェリア。違うわ。彼はあなたを傷つけたくないと言ったのよ。あなたが傷つくから、復讐をしないで欲しいと。」
ローダに指摘されて、シェリアはようやく突っ伏していた顔を上げた。そういえば、そうだった。『ノンプディ殿が心優しい女性だと存じております。』彼はそう言った。それを思い出してこそばゆくなり、少しだけ心が軽くなった。
「……でも、思いを寄せないで欲しいと言ったわ。わたくし、振られたの。受け止めきれないって言われてしまったわ…。」
シェリアの両目から涙がこぼれる。
「分かっていたことじゃないの。それでも、諦められなかったのでしょう?」
「……ええ。彼のことを考えたら身を引くべきだと分かっているわ。頭では分かっているのに…心が拒絶するの。」
ローダはしばらく何も言わずに、シェリアの背中をさすってくれていた。
「……ねえ、ローダ。本当のことを教えて。シーク殿は大丈夫なの? さっき、びっくりしたの。少しの間にあんなに痩せて。」
「……。」
背中をさすっているローダの手が少し、鈍くなった。
「教えて。」
「……パムの毒は後遺症が長く続くの。しかも、ツリツリの毒と一緒に飲まされて、カートン家でも初めての症例よ。今、彼が生きていることが奇跡だと思って欲しい。」
ローダの言葉は、シェリアが予想していたような答えで、そうでない答えだった。
「…わたくしが聞きたいのは、今晩が峠だとかないのかってことよ。」
ローダはため息をついて、微笑んだ。
「…分からないけど、たぶん、大丈夫よ。ベリー先生がついているもの。それに、解毒はできていると思う。だから、生きているのよ。そうでないと死んでいるはず。ただ、毒によって体がひどく損傷を受けたから、回復するのに時間がかかる。そういうことよ。」
シェリアは頷いた。
「そういえば、ベリー先生がお言葉に甘えて遠慮無く氷を使わせて貰いますって言ってたわ。目玉が飛び出る量を持っていったわよ。」
ローダの話にシェリアは小さく吹き出した。
「まあ…あの先生らしいわ。本当に遠慮無いのね。でも、分かっているのよ。わたくしの思いを。だから、シーク殿が回復するまで、もっと使うはずよ。でも、いいわ。あの方のためになるなら。どんなことだって構わない。好きにして欲しいの。」
シェリアの言葉を聞いて、ローダは小さくため息をついた。
「シェリア。あなた、気づいてる? ご領主様の時より、あの人にぞっこんよ。」
「…ふふ、分かってるわ。あの頃は若かったの。でも、今はいろんな事が分かったから、もう、こんな恋はできないわ。」
「そうね。なんぼあなたでも、容色の衰えは阻止できないもの。今が最後の機会よね。」
「まあ、ちょっと、ローダったら…! 人のこと言ってないで自分はどうなの…!」
「わたしは医学と結婚したの。」
「何が医学と結婚したですって、医者仲間にいい人の一人や二人いるでしょ…!」
「いないわよ、馬鹿ねぇ! みんな、研究熱心で薬と結婚しているような人達ばかりよ…! 中にはいるけど、もう、すぐに売れていっちゃうの!」
言い返されたローダの言葉に、さすがのシェリアも少し言葉を失った。
「わたしも親衛隊を狙っちゃおうかなぁ。いい人、いそうよねぇ。年下のうぶそうな子を狙おうかな。良さそうなの、何人かいるのよねぇ。」
なんだかカートン家に学んだ医師に狙われたら、逃げられないような気がする。シェリアは自分のことを棚に上げて、ローダに狙われた隊員のことを不憫に思ったのだった。




