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教訓、二十五。つじつまを合わせる後始末は難しい。 15

2025/10/01 改

「…なぜ…どうして来たの?」


 シェリアは涙で(うる)んだ両目でシークを見つめた。


「……小耳に挟んだのです。…ノンプディ殿が仕返しをするつもりだと。」


 シークの答えにシェリアは気まずそうに息を吐いた。彼は医務室で伏せっている。小耳に挟んだのなら、ベリー医師から聞いたかなんかだろう。


「手を離して下さいまし…。」


 シェリアはシークの腕を振り払おうとしたが、彼の体が弱っていても振り払えなかった。


「ノンプディ殿がおやめ下さいますなら、手を離します。」

「嫌です…! ヴァドサ殿、あなたを傷つけたのです。ですから、仕返しをしたいのですわ…!」


 シェリアの言葉をシークは黙って聞いていたが、覚悟を決めたように口を開いた。


「…ノンプディ殿。私のような者に心を寄せて下さり感謝致します。ですが、どうかこれからは私に思いを寄せないで下さい。私のために仕返しなど、なさらないで下さい。


 ノンプディ殿が本当は、心の優しい女性だと存じております。もし、トトルビ殿に手を下せば、ノンプディ殿が傷つかれます。どうか、ご自身を傷つけられるような真似はなさらないで下さい。どうか、お願いします。」


 シェリアは目を見開いてシークを見つめていた。涙が止めどなく流れている。そして、手から短刀が床に落ちて、ようやくシークは手を離した。

 シークはきつそうに息を整えた後、床に正座した。


「ご無礼をお許し下さい。そして、仕返しはなさらないと、約束して頂きたく存じます。お願いします。」


 そう言って深々と頭を下げる。ブラークは呆然(ぼうぜん)とその様子を見つめていた。今、恋敵だと思っている男に助けられようとしているのだ。


「………ひどい。ひどい人ね!」


 シェリアは叫んだ。


「なんで、そんなひどい事を言えるの!? わたくしの気持ちはどうなるの!」


 シェリアの叫びに頭を下げていたシークは、一度頭を上げて彼女を見上げた。


「仰るとおり、私はひどい男です。私のことを恨んで下さい。ですが、私は誰にも傷ついて欲しくありません。ノンプディ殿にはお世話になっています。ですから、余計に傷ついて欲しくないのです。トトルビ殿を害せば、ノンプディ殿が一番、傷つかれます。ですから…どうか、ご容赦下さい。」


 そう言って、もう一度頭を下げる。シェリアは泣きながらシークを見つめていたが、彼が全身を小刻みに震わせていることに気がついた。恐怖ではない。自分の体を支えることさえできなくなっていて、必死に支えているためだった。

 シェリアが意地を張れば張るほど、シークの体に負担をかける。彼の要求を受け入れるしかないのだ。


「…分かりました。トトルビさまを害しません。お約束致します。」


 シェリアは泣く泣くシークの要求を受け入れた。


「願いを聞いて下さり、感謝致します。」


 シークはそう言ってから、ようやく立ち上がろうとした。だが、自力で立ち上がれず、彼の部下達に支えられてようやく立ち上がる。たったそれだけの動作で、激しく息が上がっていた。

 シェリアは呆然とその様子を見守る。


「…それでは、失礼致します。」


 用事が済めば行ってしまう。体もきついのだろうが、その用が済めば他に用はないという態度も大したものだ、とブラークは思った。八大貴族のシェリアが自分に気があると思えば、普通、もっと何か要求があってもおかしくない。だが、彼の願いはブラークを傷つけるなという、それだけだった。本当に欲がない。そんな人間を見るのは初めてだったので、ブラークはびっくりしていた。


「行かないで…。」


 シェリアがふらふらしているシークに抱きついた。後ろに倒れそうになり、部下達が慌てて支える。


「どうか…離れて下さい。私は…ノンプディ殿を受け止められるような器ではありません。どうか、お願いします。」

「受け止めて欲しいと言っていません。ただ…ただ…。」


 様子を聞きつけた侍女のエーマと、手伝いに来ている医師のローダが隣室から顔を(のぞ)かせた。


「…シェリア。」


 ローダが急いでシェリアの肩をつかんだ。


「だめよ。分かっているでしょう。もし、本当に彼を助けたいのなら、言うことを聞いて。それとも、死なせたいの?」


 ローダに少しきつい口調で言い聞かせられて、シェリアはようやくシークから離れた。エーマにシェリアを任せ、ローダはシークに向き直った。


「担架。担架を持ってきて。」


 一目見て、すぐに命じる。もうすでに、廊下に担架が運ばれていたとみえて、すぐに運び込まれた。


「寝せて。行く前に少し確認したいことがあるの。」


 ぐったりしたシークを、部下達とついてきたヌイとサグが担架に寝せた。


「ごめんなさいね。ちょっと確認するから。触りますよ。」


 ローダは言って、シークの(ひたい)に手を当て、熱の有無を確認した。脈も確認すると深刻な表情で少し考え込む。


「…ま、わたしが指摘するまでもないか。ベリー先生なら十分にご承知でしょうし。行って下さい。後で念のために行きますから、とベリー先生にお伝え下さい。」


 ローダの指示が出たので、シークの部下達とバムスのニピ族達は出て行った。

 彼らが行ってしまってから、ローダは泣き崩れているシェリアの肩をさすって(なぐさ)めた。


「分かっているでしょう。最後までベリー先生に頼まれたことをしないと。」


 少ししてから、ローダに促されてシェリアは顔を上げた。エーマが渡した手巾で涙と鼻を拭う。

 真っ赤に泣きはらした目で、シェリアはブラークを振り返って見据えた。


「…トトルビさま。分かっているでしょう。立った今、命拾いをしたことを…! ヴァドサ殿に命を助けられたと分かっているでしょう!」


 ブラークだってシェリアに言われなくても分かっていた。薬のせいで興奮状態にあるとはいえ、十分に計算された量を飲まされていたので、かなり理性も残っている状態だった。その状態で見ていたのだ。否応なしに助けられたと分かる状況だった。

 悔しいことに、シェリアの言うとおり器が違うと言われたら、納得するしかない。


「分かったなら、契約して下さいまし。二度と、ヴァドサ殿と彼の部下達に手を下さないと。もちろん、家族も含めてですわ。契約して下さいまし。もし、言うことを聞かないと言うのなら、二度と女性とご一緒できないように致しますわよ。」

「! …な、たった今、あの男と私を害さないと約束したではないか!」


 シェリアはニヤリと笑う。


「知られなければいいのよ。それに、トトルビさま。仮にご自分の男性の象徴が無くなったとして、それをヴァドサ殿に言えるのかしら?わたくしが約束を破ったと言えるの?」


 悔しいがシェリアの言うとおりだった。なんで恋敵の男に言いつけに行かなくてはならないのだ。胸くそが悪い。


「言うことがなければ、契約と行きますわ。」


 シェリアが言ったので、奥から侍従が紙を()せた盆を持ってきた。


「リブス。血印を押させて。」


 シェリアの命令でブラークの指先が短刀で切られ、無理矢理契約書に押しつけられた。それが三部作られる。

 シェリアは一枚を折りたたむと、ブラークの胸の中に押し込んだ。


「お部屋に戻られたら、確認して下さいまし。」


 シェリアはブラークに伝えると、リブスに命じた。


「ローダ先生が(せん)じたお薬を、その人に呑ませてから部屋に帰しなさい。」


 ブラークはやたらと苦い薬を無理矢理飲まされて、ようやく部屋に戻ったのだった。


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