教訓、二十五。つじつまを合わせる後始末は難しい。 14
2025/10/01 改
しばらくして、寝間着を着直して上着を羽織った姿のシェリアが出てきた。さっきの弱々しい様子とは違い、怒りに頬を染めている。ブラークにはシェリアが怒っていると分かっていた。怒っている時の凜々しく引き締まった顔をしている。微笑んでいる時も美しいが、怒っている時の顔も好きだった。
「トトルビさま。なぜ、わたくしがトトルビさまもベブフフさまも選ばないか、お分かりになりますか?」
シェリアの護衛達に体を押さえつけられている状態のブラークを、見下ろしながら聞いてきた。
「ふん、どうせ好みに合わないとか、年を取っているからとか言うのであろう。」
すると、シェリアは口角を上げて挑戦的に微笑んだ。
「それだけではありませんわ。なぜ、わたくしがヴァドサ殿を選んだのか、お分かりになっていない、ということですわね。」
そんなことは考えたくもない。単純に顔の作りと若さではないのか。
「…ふん。」
答えないでいると、シェリアはさらに言った。
「器の違いですわ。」
思わずシェリアの顔を見つめた。ほんのりと頬を上気させている。目が好きな男のことを考えただけで、うっとりした輝きを乗せる。
「…器だと? まさか、私があのヴァドサ・シークより劣るというのか…!?」
思わず我慢できずに怒鳴ると、シェリアも声を張り上げた。
「そうですわ…! その通りです! あなた達は、すぐにわたくしの体を物にしようとする…! でも、あの方は…ヴァドサ殿は違います…!
わたくしとは常に距離を保とうし、いつでも礼節を欠きません。わたくしがあの方をお慕いしている、そのことに気づいてからも、わたくしを利用しようとしません。バムスさまともそうです。どんな時でも、礼節を保ちます。
八大貴族と繋がりがある、そのようなことを自慢しようともしません。どんなに酒と薬で意識が朦朧としても、わたくしに無体な真似はしませんでした。
あなたとはまるで違う。」
一番最後の一言を言う時、シェリアの声が一層冷たくなった。シークのことを考え、うっとりした時とはまるで違う。
「…単純に男をあさっていたくせに、何を偉そうなことを…!」
腹が立ってブラークは言い返した。
「理想の殿方を探していたのですわ…! もう、諦めていました。そんな時にあの方と会ったのです…!」
シェリアは、キラキラと怒りで目を光らせてブラークを見据えた。
「それなのに…。あの方を傷つけるような真似を…! 許せない! 認めなさい、あなたとヴァドサ殿とは器が違うと! 認めるのよ…!」
シェリアはブラークの胸ぐらを掴んで揺さぶった。
激しく怒っているシェリアをブラークは眺めた。今までに見たことがないほど、シェリアは輝いている。今の彼女に似合う色は、激しく燃えさかる炎と同じ色の赤だ。
「…分かっていて?あなたにあの方と同じ薬を飲ませたの。あなたにあの方と同じ真似はできないと、あなたは証明したわ。」
一時の激情が去ったのか、シェリアは落ち着いて説明を始めた。
「あなたには、ボソの草を飲ませたの。いつって思うでしょう? 朝、ベリー先生のところに行ったはず。その時、飲んだでしょう? あれが、ボソの草だったのよ。あなたにそれを飲ませるようにお願いしたの。
分かるでしょう、あなたとヴァドサ殿の器の違いが…! あの方はボソの草を食べたのにもかかわらず、殿下とわたくしを見ても、襲うどころか刺客を撃退した…!
あなたは何なの! たった少し飲んだだけで、だらしなく鼻の下を伸ばして、わたくしを襲おうとした!」
ブラークは興奮して怒りに震えたが、言い返す言葉がなかった。確実にボソの草を食べさせたのだ。それなのに、なぜか襲わなかった。なぜなのか分からない。まったく理由が分からない。
「許さないわ! あなた達を許さない!」
シェリアは叫ぶと護衛から短刀を奪い取り、鞘から抜いた。
「あなたを殺してやるわ!」
シェリアが勢いよく近づいてきた。その時、ブラークは驚愕に目を丸くした。シェリアの後ろから入ってきた人物に驚いたのだ。
興奮しているシェリアは気が付かなかった。ブラークに短刀が振り下ろされる直前に、彼女の腕を入ってきた人物が抑えた。
「!」
シェリアは目を丸くして絶句した。
「……おやめ下さい。どうか…そのようなことは…なさらないで下さい。」
「なぜ…。」
シェリアの両目に涙が浮かび、言葉を出せないでいる。ブラークだって驚いていた。
シェリアを止めたのはシークだった。側には彼の部下が二人とバムスのニピ族が二人いる。彼らに担がれてやってきて、シェリアを止めたのだ。自分の足で立って歩けないほど、シークは弱っていた。ひどい顔色で、心なしか晩餐会の時よりも痩せた。少し話すだけでも息が上がっている。彼も寝間着に上着だけという姿だ。髪ですら結んでいない。




