教訓、二十五。つじつまを合わせる後始末は難しい。 13
2025/09/26 改
時間はブラークとラスーカが、ベリー医師に呼ばれて薬を飲んだ後、喧嘩別れした後に戻る。
ブラークは部屋に戻ってから、妙に部屋の中が暑いと思った。思わず上着を脱いで、中着も脱いだ。扇子を取り出して扇ぐ。窓も開いていて風は通り抜けているが、それでも暑いのだ。
汗をかいて、手巾で額を拭ってから、何かの症状に似ていると気が付いた。だが、落ち着いて考えていられない。心拍数が上がり、妙に自分が興奮状態になってきたのを感じた。喉も渇く。なんとなく頭の中がもやっとして、変な感じだ。頭を振ったが、当然、治るわけがない。この頭の中のもやっと感にブラークは苛立った。その上、喉も渇いて我慢できなかった。
呼び鈴を鳴らし、侍女を呼びつける。
「お呼びでございましょうか、旦那様。」
ブラークの妻によって、仕えている侍女はブラークの好みでない顔立ちばかり。だが、今は妙に侍女が自分の好みに思えた。
「……喉が渇いた。水を持ってこい。」
ブラークが命じると侍女はただいま、と言って一度下がり、間もなく水を運んできた。静かに水差しからガラスの碗に水を注ぎ、ブラークに恭しく差し出した。ブラークは乱暴に碗をもぎ取ると、水を飲み干した。
「旦那様、暑いのですか?」
侍女がブラークの格好を見て聞いてきた。
「もし、よろしければ、もう少し窓をお開け致しましょうか?」
「…ふむ。」
ブラークが頷いたので、侍女は窓辺に立って窓をさらに開ける。その後ろ姿を見ていて、ブラークはとうとう我慢できなくなった。異常に興奮して侍女を押し倒してしまったのである。
一時の興奮の後、ブラークは自分の行動にびっくりしていた。普段から好みの侍女ではなかったのに。しかも、心の内で醜女だと馬鹿にしていた女だった。そんな侍女に手を出してしまい、内心で動揺していた。
侍女の方も驚いていた。顔を染めている彼女に、イライラとさっさと出て行くように命じた。侍女は服を慌てて直して出て行った。
とりあえず、ブラークは自分も服を直した。後で妻の密偵の侍女から密告されたら面倒だ。というか密告されるだろうが、とりあえず言いつくろえるようにしておく必要はあった。
その時、頃合いを見計らったように、部屋の扉が叩かれた。
「旦那様。失礼致します。」
仕えている執事である。
「なんだ、入れ。」
命じると恭しく入ってきて伝えた。
「ノンプディ殿がお呼びです。旦那様にお話があるそうで。」
「く、あの女め、この私を呼びつけるとは。大した女じゃ。」
シェリアに対して毒づいたが、彼女の晩餐会の着飾った姿を思い出し、思わず唾を飲み込んだ。ラスーカもブラークもシェリアを手に入れようと、彼女に言い寄っていた。
ただ、美しいから言い寄っているのではない。なんせ、八大貴族の一人なのだ。もう一人の女領主のクユゼル・ファナの方はバムスがしっかり、唾をつけている。しかも、友人だと称してシェリアもバムスとつるんでいる。八大貴族のうち、紅二点がバムスといるのだ。それを考えるとまた、腹が立った。
一度去った興奮がまた戻ってくる。
「旦那様、いかが致しましょうか。」
「用があるなら、こっちに来いと言ってやれ。」
イライラとブラークは不満をぶつける。ぶつけられた執事の方は、淡々と返した。
「ノンプディ殿は、襲撃されてしまったお詫びに、ご奉仕したいと仰っているとのことでしたが…。」
執事は最後の言葉を濁した。
「……ふん、何がご奉仕だ。」
ブラークは言ったが、シェリアの部屋に行ってもいいと思った。“ご奉仕”とはそういう意味のはずだ。だが、そう思った所で、彼女が本気で惚れている男の存在を思い出して、苦々しい気分になる。
シェリアは隠そうとしていたが、時々、シークの姿を目で確認し、心配そうに見つめていた。さらに、シークが毒が入っていると分かっていても、自分が毒味をすると言った時、明らかに顔が青ざめた。思わず立ち上がりかけたほどだ。
その上、シークが一口食べて顔をしかめた後、何か考えてからせっせと毒入りの料理を食べ始めると、手を震わせて自分の衣装を握りしめた。両目に涙が浮かんでいて、ブラークは内心で驚いた。本気だと分かったのだ。それと同時に激しい嫉妬心にもかられた。
だから、シークが激しい失態をすることを望んだのに、彼はふらつきながらも、なぜか誰も襲わずに広場を出て行った。
今、そのシークは毒の後遺症で寝込んでいる。
シェリアが惚れている男の存在を思い出して、苦々しい気持ちになったが、シェリアが自分を呼んでいるのだ。だったら行って、打ちひしがれているシェリアを見るのも一興かもしれない。
「分かった、行ってやろう。」
ブラークの返事に、執事はシェリアの部屋を訪れる旨を伝えに行った。
侍従を伴い、ブラークはシェリアの部屋に行った。侍従は帰るように言われ、ブラークは“ご奉仕”があるなら仕方ないだろうと、頷いて帰した。
シェリアの侍従に案内されて、ブラークは奥に行った。驚いたことに寝室に通された。やはり、“ご奉仕”というのはそういう意味だったかと、内心でほくそ笑む。彼女もブラークを敵に回したくないのだろう。トトルビ家は王妃の母方の親類だ。
「……トトルビさま、おいでになりましたの。」
シェリアは寝台に伏せっていた。薄い紗の天蓋がかかった寝台に、ゆっくりと起き上がった。絹の寝間着を着ていて、少し胸がはだけている。思わずブラークは、ごくりと唾を飲み込んだ。豊かな黒髪が波打って、彼女の背中に流れていた。丸みを帯びた肩にも幾筋か流れ、白い肌が余計に際立って見える。
「ごめんなさい、このような姿で…。」
シェリアが息を吐いて、髪を手で後ろに払った。さっきの侍女よりも、遙かに美しいシェリアの姿にブラークは我慢できなくなり、シェリアを寝台の上に押し倒した。
「! あ、何をなさいますの!」
「私とこうするために呼んだのであろう!」
「違いますわ、誤解です! やめて! 誰か!」
シェリアの口を塞ぐ前に、彼女は叫んだ。
彼女の悲鳴にシェリアの護衛達がやってきて、ブラークを掴んで引き剥がした。ブラークは今は異常に力が出て、大勢を倒すことが出来たが、最後には結局捕まってしまった。隣の部屋に連れ出される。




