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教訓、四。優しさも危険を招くことがある。 4

 小声でやりとりする声に思わず後ろを振り返る。若様に何かフォーリが教えているようだ。


「刺客かどうかは分かりません。それを今、調べているのです。」

「…じゃあ、放してあげたらいけないの?」

「それは親衛隊の彼らが決めます。それが、彼らの仕事ですから。」

「ふうん…。」


 若様は言って、ひょっこりそうっと、小動物が(やぶ)から辺りを(うかが)うように、フォーリの後ろから様子を覗い見た。


 その姿に男が目を(みは)る。朱色がかった赤い夕陽のような髪、光が当たったら焦げ茶色の黒曜石のような(きら)めきの黒い瞳、その目を縁取る髪と同じ色の長いまつげ、(つや)やかなサクランボ色の唇、それら全て均等が取れて美しく見える位置に納まっている。美女の要件が(そろ)う若様の容姿に目を(うば)われているのだ。


 若様を見た男の表情が変わった。一瞬(いっしゅん)、ニタリと口の端を上げ、顔を(ゆば)めたように笑った。その男の表情を見たのは、シークと二人の部下しかいなかった。フォーリも一瞬、男から視線を外して若様を見守っている。他の者も若様に気を取られていた。


「…分かった。」


 男が言った。シークは警戒(けいかい)した。嫌な予感がする。


「そこの…セルゲス公にだけお話しする。二人きりで話をしたい。」

「そんなことできるわけないだろう。」


 シークはすぐに却下した。


「…セルゲス公にだったら、お話しすると言ってるだろう。」

「貴様、何を考えている?」


 今まで尋問に加わらずに黙っていたフォーリが口を開いた。殺気丸出しで男を(にら)みつける。


「セルゲス公にだけお話しする。二人きりにしてくれ。」


 男は繰り返した。若様はここにいてはならない。シークはフォーリに若様と退室させようとした。


「フォーリ、若様をお連れして……。」


 シークが最後まで言う前に、フォーリもすでに若様の肩に手をかけ、背中をそっと押して出るように促していた。


「…フォーリ、私が話をするよ。」


 若様が突然、大きな声で言った。フォーリが青ざめた。初めて顔色が変わる所を目撃(もくげき)した。


「いけません、若様。何者か分かりませんし、危険です。」

「でも、きっと、この人は私以外に話をしないように命令されているんだよ。」

「それでも、なりません。」


 フォーリは若様を説得しようとする。


「そうです、フォーリの言うとおり危険です。二人きりで話などいけません。」


 シークも慌てて言った。人と話すのもようやっとなのに、みんなが困っているから頑張って話をしようというのだろうが、危険すぎる。普通の人ならいいが、こいつは普通の人ではない。


「でも…!殺されてしまうかもしれない。」


 若様は今までに聞いたことがないような大きな声を出した。よほど、王妃にされたことがきいているのだろうか。


(…そりゃあ、何人も目の前で殺されたら怖くもなるか。子どもだし。)


 シークは心の中で思い直した。ベリー医師も誰かが犠牲になるのを極端に怖がると言っていた。今、その危険な状態になろうとしているのだ。


(おっしゃ)る通りです!」


 若様の声を聞いてから男が声を張り上げた。


「実は…私の家族は人質に取られています。セルゲス公にだけお話しするように命じられているのです。そうでなければ、家族はきっと殺されてしまうでしょう。」


 男は急に体を震わせ、声も震わせた。シークもフォーリも警戒した。部下達も眉根を寄せている。明らかに演技だ。


(でも、信じてはいけない若様が信じてしまえばおしまいだ。)


 シークは若様の様子を(うかが)う。


「若様、家族が人質に取られている証拠は何もありません。この男の言うことを信じてはいけません。」


 フォーリが若様に視線を合わせて言い聞かせる。


「…でも、人質に取られていない証拠もないよ。」

「確かにそうですが、しかし、この男が若様に何も危害を加えない証拠もないのです。」


 若様は青ざめた顔でうつむいた。


「……じゃあ、こうしよう。フォーリとヴァドサ隊長が部屋の外にいて、私がこの人と二人で話をする。」

「若様。」


 フォーリが抗議してだめだと訴えるが、若様は頑固に言い張った。その様子を見た男が声をさらに震わせた。


「お願いします、どうか、お願いします、どうかお助けを…! 妻と子供が殺されてしまいます! 子供はまだ四歳なのです!」


 若様がビクリと震えた。シークは生まれて初めて、優しさが命を危険にさらすという瞬間を目にしていた。


「…わ、分かった、私が話をする…!」


 若様は答えてしまう。


「若様、危険です。」


 それでも、フォーリは食い下がる。


「フォーリ…! 私はやる…! だって、もし本当だったら死んでしまう!」


 珍しく若様はフォーリを見据えて大声を出した。フォーリはぐっと言葉に詰まり、それから困り果てた表情をした。


「…分かりました。ですが、私達はすぐ部屋に入れるように側に待機します。そうでなければ…。」

「ダメです!」


 フォーリが条件を出している最中に、男が大声を上げる。


「二人っきりでないと話してはならないと、厳命(げんめい)されているのです。護衛達がいる所で話してはいけないと。そうでないといけないのです。どうか、どうかお聞き届けを。」

「貴様、何を企んでいる!」


 フォーリが男に怒鳴った。まるで、猛獣が咆哮(ほうこう)を上げているようだ。

 だが、男はフォーリの殺気を受けてもめげずに演技を続けた。体を震わせて涙さえ流し始めた。


「…く、うう。どうか、お聞き届け下さい。お願いします。」


 それだけで並の男じゃないと分かる。国王軍の兵士でも、あれだけの迫力で怒鳴られたら、平然としているのは(むずか)しい。シークだって思わず首を縮めそうになったくらいだ。


「わ、分かったから、どうか泣かないで。きっと奥さんと子供は助けるから。」


 若様は慌てて言う。なんて心優しい子なのだろう。だが、残念なことにこの男は明らかに何か企んでいる。その優しさを受けるに値しない男なのだ。


「フォーリ、聞いてあげて。大丈夫だよ、何かあったらすぐに助けを呼ぶよ。」


 フォーリでさえ説得できないのに、どうやって若様の考えを変えたらいいのだろう。もう、この男の妻子を助けるには二人っきりで話をするしかないと思い込んでしまっている。


「若様、全てこの男の言うことを聞くわけにはいきません。」


 フォーリの説得もシークの説得も無意味で、仕方なく二階の控え室の一室を使うことにしたのだった。

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