教訓、二十五。つじつまを合わせる後始末は難しい。 11
2025/09/25 改
どれくらい経ったのか、ラスーカはまた目を覚ました。何か人がいる気配がする。
「おや、目を覚ましたようですね。」
ベリー医師の声がした。
「ここは医務室の隣の部屋です。朝に来て頂いた部屋ですよ。具合はどうですか?」
ラスーカはなんとか体を起こした。体は相変わらずきつくて重い。
「なぜか、目が見えない。その上、体は異常に重くて動かない。少し動いただけで息が上がる。なんとかしてくれ。」
「なるほど。これは毒の副作用です。」
「何? 毒の副作用?」
ラスーカは必死に考えた。
「つまり、シェリア、あの女に毒を盛られたということか?」
すると、ベリー医師がふふんと鼻で笑ってから近くに座った気配がして、驚愕の事を口にした。
「違いますよ。私が飲ませたんです。」
耳元で小声で囁かれて、ラスーカはぎょっとした。
「な…なんだと…? 今、なんと言った?」
「私が飲ませました。私が差し出した器を取って、飲んだではありませんか。」
ラスーカは顔から血の気が引いた。
「……き、貴様…! どういうつもりだ!」
叫んだ途端、体にチクリと痛みが走って声を出せなくなった。鍼を打たれたのだ。
「あなたこそ、どういうつもりなのですか? セルゲス公は王子なのですよ。陛下が親衛隊を送られて守られている。それなのに、ボソの草を料理に入れたり、親衛隊の隊長をなき者にするために何度も猛毒を盛るとは、一体、どういうつもりなのですか?」
王妃の命令だとか、言いがかりだとか言えなかった。何も言い返せない。目が見えなくなった上に、声も出せなくなったのだ。しかも、体は異常に重いままだ。
「答えられないでしょう? 政治的な判断だと言いたいのでしょうか、私には許せません。私の患者達に手を出した。カートン家の医者を怒らせたら怖いって、昔から言われているではないですか。
本当は心が痛みます。人助けをするための知識と技術を悪用しているからです。でも、あなたには少しく苦しんで頂こうと思いましてね。」
ラスーカは黙って聞いているしかなかった。
「あなたの体に起きた異常は、ヴァドサ隊長に盛られた毒の一つの副作用によるものです。」
ラスーカはぎょっとした。耳かき一杯で死ぬと言われている毒だったはずだ。
「ご安心を。毒の量を調節してありますから。実は、カートン家では毒や薬は全て自分で一度、食して飲んで、体感することになっているんです。あなたの体重を考えて、量を調節してあります。
どうですか、体がとても重くてだるいでしょう? その上、あなたは目が見えなくなるという珍しい副作用まで出ました。」
ラスーカは震えた。なんということだろう。ベリー医師はそんなことを言っているが、もし、計算を間違えていたら、死ぬのだ。生きられる保証もない。
「どうです、苦しいでしょう? ヴァドサ隊長はこの苦しみと闘っています。このだるさがある中でボソの草を食べ、刺客と戦い、殿下とノンプディ殿を守った。物凄い精神力です。分かりますか?」
確かに体力は限界だっただろう。とにかく根性で動いていたはずだ。刺客と戦う体力がどこにあったのだろう。守らなくてはという責任感、だが、それだけで動けるものだろうか。何か心の根底になければ、到底動けるものではないはずだ。
ラスーカはシークの精神力と根性を、認めた。確かに凄い奴だ。とんでもないことをやってのけた。だからこそ、余計に恐ろしい人間ではないか。そんな男がセルゲス公の護衛なのだ。
ラスーカはシークのことを考え、彼の情報で見落としがなかった頭を巡らせて、気が付いた。シークは幼い頃から子守を父にさせられていた、ということを思い出し、セルゲス公に深く同情したのだと気が付いた。
もしかしたら、弟妹達と重なり、弟のように愛しているのかもしれない。そうでなくては、死にそうに動けないのに、根性だけで刺客から守れる訳がない。
「あなたには十分に反省して頂きたい。妃殿下の歓心を買おうとして、殿下に刺客を送り、親衛隊の隊長を襲おうとしないで下さい。確かに妃殿下と親戚関係ですから、完全に無視することは難しいでしょう。
それなら、せめてヴァドサ殿には関わらないで下さい。彼と彼の部下達には関わらない。もちろん、彼らの家族を含めてです。もし、約束して下さるなら、あなたの治療を致しましょう。
それと、殿下に危害を加える際は、夜、一人で出歩かないことを覚悟して下さい。自分の命と引き換えにすることなのか、よく考えてから実行することですね。」
「……。」
ラスーカは堂々と脅してきたベリー医師に感心した。大した度胸である。しかも、カートン家だから、はったりとも思えない。昔から、毒使いと言われても平然としてきた者達だ。しかも、時折、身分に関係なく不遜な態度を取る。今のように。呆れるを通り越して感心してしまう。




