教訓、二十五。つじつまを合わせる後始末は難しい。 7
2025/09/21 改
バムスは頷くと、外に控えていた侍従に、ベリー医師に何の毒か伝えに行かせた。
「では、二件目については認めるが、最初の件については違うと? 誰の指示だったんですか?」
「そうだが、名前さえ知らん。」
ラスーカはいらいらと答えてしまってから、悔しそうな表情を浮かべた。
「…とにかく、あやつは…やたらと薬や毒薬に詳しい。異常に毒に執着しておる。それに、ヴァドサ・シークが意識を失うような香を嗅いだのに返り討ちにしてから、混合毒だかなんだか作ったと言っておった。ヴァドサ・シーク専用に作った毒だとかなんとか、自慢していた。詳しいことは分からないが。」
混合毒。もし、これが正しければ、ベリー医師の予想が正しかったことになる。
「私の思うに…実は…。いや。何でもない。」
ラスーカは何か言おうとして結局取りやめた。そこを突っ込んでもおそらく、ラスーカはそれ以上のことを話さないだろうと思ったので、バムスは突っ込まずに話題を変えた。
「そうですか。分かりました。とりあえず、ベブフフ殿は一度目の毒の指示はしていないということですね。二度目だけだと。これだけでも、十分に陛下の逆鱗に触れる重罪ですが…取引をしませんか?」
バムスは苦虫を噛みつぶしたような表情のラスーカに提案した。
「…取引? 相当、お前が有利なはずだ。それで、私はどうすればいいと?」
最初から、バムスがラスーカと取引するつもりだと分かっているため、彼は話している。
「その前にまだ確認することがありました。襲撃されることは分かっていたのですか?」
それを聞いた瞬間、ラスーカの顔が怒りで強ばり朱が差した。
「…私は聞いてない! あやつらめ、私にも言わずに勝手なことをしおって…! 約束が違う! だが…誰かがそう仕向けたのか。」
声を震わせて怒っている所からすると、ラスーカの指示ではないようだ。おそらく演技ではないだろう。ブラークならよく考えずに、襲撃に同意するかもしれないが、ラスーカはさすがに少し慎重である。彼の方が頭がいい。
「では、私のニピ族達を捕らえたのは、誰ですか?ニピ族はニピ族。そう簡単に捕らえることなど、できないと思うのですが。よほどの武術の達人でもない限り。」
「…あやつらだ。薬に詳しい男の仲間だ。やつらはそれぞれに得意分野があり、持ち回りがあるらしい。」
バムスはラスーカを観察した。あきらめたように話すものの、目を合わせようとしない。
「持ち回りですか?」
「武術が得意な男がお前のニピ族達を捕らえたのだ。その後、ヴァドサ・シークの診察記録を盗み見たり写し書きすると言っていた。例の薬に詳しい男がな。」
「それでは、殿下の情報も一緒にですか?」
「…それは。」
さすがにラスーカは言葉を濁した。ここで罪を認めればさすがにまずいと思っているからだろう。
「いいのですか? あなたが謎の組織に所属していると陛下にご報告しても?」
ラスーカは目を閉じてため息をついた。
「…ああ、そうだ。そう言っていた。」
「分かりました。それでは、取引の内容をお伝えします。私もその謎の組織黒帽子に入れて下さい。」
バムスの発言にラスーカが一瞬、目を剥いてバムスを凝視した。その後に喉の奥から唸るような声で言う。
「…悪いことは言わん。やめておけ。私は今回のことが終わったら、やめようと思っている。あやつら、私達が客だと言いながらも、勝手なことはするし、私達の足下を見て馬鹿にしておるわ。代わりにどういう組織か、私が知る限り話してやる。しかも、これが取引の内容だとは思えん。」
「分かりました。それでは、黒帽子については内密に後でお伺いすることにして、陛下にもご報告できる取引をお伝えしましょうか。」
ラスーカはふん、と鼻を鳴らしたようなため息をついた。
「これ以上、親衛隊長ヴァドサ・シークについて、画策しないで下さい。親衛隊に手を出すということは、陛下の兵に手を出すのと同じです。陛下の逆鱗に触れることはやめて頂きたい。」
「…てっきり、殿下に手を出すな、と言うのかと思ったが?お前もやっぱり冷たい男だな。」
ラスーカが口髭を蓄えた口角を上げて笑う。バムスもにっこりした。
「殿下のことは親衛隊が守ります。それで、どうしますか?」
「やはり、お前は侮れん。」
「…このままでは、ベブフフ殿、あなたはシェリア殿に殺されますよ? 殺されたら後々面倒なので、言うことを聞いて下さい。八大貴族の内の二つが抜けたら、どうなると思うんですか?」
バムスが淡々として詰め寄ると、ラスーカの表情が歪んだ。シェリアに言い寄って何度も振られている。そういう意味でも、シークのことが嫌いだろう。これまではバムスを目の敵にしてきたが、今はシェリアが惚れた男がいるのだ。
ちなみに一夫一婦制ではないので、正妻である妻のみ正式な記録として届け出て、後は誰それの子どもが誰それ、と記録を届け出ればとやかく言われることはない。何人も女性がいてもいい話である。ただ、それなりになんとなく限度はあるし、多少の風聞もつきまとうものではあるが。
女性の方も、男性ほどおおっぴらではないが、身分があり十分に囲った男を養っていけるなら、あまり何か言われることはなかった。だから、シェリアの行動もあまり問題になっていない。しかも、彼女は独り身である。
「それとも、刺される役をブラーク殿と交代しますか?」
バムスの言葉にラスーカが目を剥く。
「…なんだと!?」
声が裏返るラスーカに対して、バムスはあくまで冷静に返した。
「ええ。それくらい覚悟の上でしょう? なんせ、シェリア殿が気に入った男性に手を出そうとしたのですから。彼女が恐ろしい女性だということをお忘れだったのですか?とにかく、どちらかが刺される役をしないと、彼女が治まりません。怒り心頭ですから。」
シェリアのことを知っているバムスが言うので、余計に恐ろしさが増すだろう。いや、彼らも知っているはずだったが、しばらくシェリアがおとなしくしていたため、すっかり忘れていたのだろう。
「…あの女め。」
ラスーカは憎々しげに吐き捨てた。
「私はベブフフ殿に最大限譲歩していますよ? どうしますか?」
「……分かった。ヴァドサ・シークにこれ以上関わらない。」
ようやく吐き出したラスーカの答えに、バムスは最上の笑みを浮かべた。
「ええ、それが懸命です。やはり、ベブフフ殿には話が通じます。それでは、シェリア殿に先に話をしてきましょう。」
バムスは優雅にラスーカの部屋を出たのだった。




