教訓、二十五。つじつまを合わせる後始末は難しい。 4
2025/09/19 改
ベリー医師とバムスは、静かに扉の前から立ち去った。ローダはもちろん、二人がいることを知っていた。知っていたが、わざとシェリアには言わなかった。言えばシェリアが妊娠した可能性を誰にも言わないし、ローダも彼女を裏切る行為ではあるが、彼らが勝手に盗み聞きしたという形を取ることができる。
「…やはり、そういうことでしたか。おかしいと思いました。」
ベリー医師は呟いた。もちろん、辺りには誰もいないことをサミアスが確認している。
「先生、今の話、当然お分かりだと思いますが…。」
「もちろん、誰にも言いません。彼女が口に出して言わない限り、墓場まで持っていく話です。心配無用です。すでに私は墓場まで持っていく話をいくつも数え切れないほど、聞いているので。どれが墓場まで持っていく話か、忘れそうになるほどです。」
かえって怪しくないかとバムスは思うが、黙っていた。口が堅くないと宮廷医には決してなれない。
「心配はしていません。私も墓場まで持っていく話をいくつも聞いています。」
バムスが言うと、ベリー医師は頷いた。
「それにしても、親衛隊員達は頑張りました。隊長が動けない中、よくまとまったと思います。遊びが功を奏したようで。」
バムスは親衛隊員達を褒めた。それというのも、シークが広間から去って間もなく、襲撃を受けたのだ。もちろん、外にはシェリアやバムスの領主兵、そして、近くには親衛隊がいたのだが、中から侍従や侍女の格好をした者達が襲ってきた。
大勢が出入りしているので、いつの間にか入れ替わっていたのに気が付かなかった。なんせ、このシェリアの屋敷には今、千人単位の人がいるのだから。ちょっとした街ほどの人数がいるのだ。
それに、入れ替わっていなくとも短期で雇われてきたふりをすれば、いくらでも侵入できる。
外から侵入することが難しいと踏んだ敵は、内から侵入した。分かっていても全員を調べることもできず、侵入を許した形だ。
本当の侍女や侍従達は、驚いて逃げ惑い、大混乱に陥った。もちろん、敵の狙いは若様である。広間に侵入してこようとしたが、シークの部下達がすぐさま緊急の笛を吹き、かなり出入り口で奮戦した。さらに、出入り口を守る組と若様を守る組にすぐさま別れ、徹底抗戦し、シェリアの案内で若様を安全な場所に移動した。
シェリアは女性で若様は子どもだ。二人を安全な小部屋に避難させ、出入り口を守ることで二人を守る作戦に出た。
だが、そこに盲点があった。秘密の通路である。リブスもフォーリも、秘密の通路がその隠し小部屋からあるとは知らないし、思ってもいなかったので、狭いから外で戦っていた。
シェリアは秘密の通路を使い、外の様子を見に行くから若様に待っているように伝えた。もちろん、外がどうなっているか確認のためもあるが、シークがどうなったのか心配になったからである。どんな猛者であっても、毒で弱っている時に襲われたら、ひとたまりもない。
こうして、シェリアは一人、秘密の通路を使って外に出た後、広間から出た後に行きそうな所を探した。案の定、人気のない普段あまり使わないが、それなりに広さのある廊下にシークはいた。しかも、黒づくめの男が馬乗りになり今にも殺そうとしている。
シェリアが外に出た後、若様はその後をこっそりついていった。シェリアは女性だし、少しはシークに護身術を習ったので自信がついたのもあり、心配になってついていったのだ。
若様がその廊下の影から様子を伺っていると、シェリアが何者かと問答した後、近寄っていって投げ飛ばされた。その隙にシークが動き出して二人は激しく床の上で揉み合い、結局シークは組伏されてしまう。
若様だって、彼が毒をわざと全部食べたのは分かっている。自分が一口も食べなくていいように、全部食べたのだと。そして、シェリアとバムスに毒が入っていた責任がおわされなくて済むように、全部食べたのだと分かっている。
そのシークが殺されようとしている。若様はとっさに廊下に飾られていた壺を取り上げると、思いっきり男に投げつけた。日々の遊びの訓練の成果が出たのか、見事に壺が飛んで男がシークの首を絞める手を緩めることができた。
そして、シークは力を振り絞って、二人を守って力尽きて倒れた。
そういう状況だったので、若様が一人で廊下を走り、広間の方までやってきて助けを求めたので、ベリー医師もバムスもびっくり仰天した。かくれんぼ鬼のおかげで、屋敷中をくまなく遊んでいたため、どこをどう走れば良いのか、分かっていた。
しかも、若様はまだ広間に残っていた、侍従のフリをした敵を一人、うまく投げ飛ばした。それを見たラスーカとブラークは、バムス達以上に驚愕した。広間はほぼ制圧されたため、そこをサミアスに任せ、親衛隊とガーディを伴い、バムスとベリー医師は若様の案内で廊下を走った。
現場に到着する前に、秘密の通路を抜けてシェリアと若様を探していたリブスやフォーリ、ベイルなどの親衛隊員達と出会い、一緒に現場に急行する。
ひっそりした廊下で、シェリアがシークを膝枕した状態で抱きかかえて、泣きじゃくっていた。あんなに激しく泣いているシェリアを、バムスも見たことがない。そのシークは死んでいるように見えて、バムスもベリー医師も息を呑んだ。
「…し、死んじゃったの!?」
一番最初に声を上げたのは若様だった。
「ねえ、答えてよ!」
若様は叫びながらシークに駆け寄った。ベリー医師も駆け寄る。シェリアは泣きながら首を振る。
「……い…意識が…なくなって…。」
シェリアはなんとか、自分を落ち着かせて意識がないことを伝える。ベリー医師が頸動脈に指を当てて、息があることを確認した。
「あのね、黒づくめの男と戦ってた…! それで、私達が来てしまったから、男が先に私を殺すって言って、私を殺そうとしたけど……ヴァドサ隊長が…必死になって助けてくれて……もう、立ち上がれないほど苦しそうだったのに…突然、立ち上がって男を斬った。男は斬られてびっくりして逃げたの…。
その後、倒れて…! 大声でみんなを呼んだけど、私達は秘密の通路を使って出てきたから、大急ぎでみんなを呼びに走ったんだ。」
若様は涙を堪えながら、必死になって状況を説明した。
「…ねえ、ベリー先生、助けて…! お願いだよ! そうでないと、お祖母さんのところに行っちゃうよ!」
必死になって叫ぶ若様の背中をフォーリがそっと撫でた。
こうして、すぐさまシークは医務室に運ばれて治療を受けた。二人の取った行動は褒められないが、しかし、二人がいなければシークは確実に殺されていた。
後で状況を知ったベイルが、若様にこそっと礼を言った。公には褒められないが、助けてくれてありがとうございますと。若様は頷いて涙を浮かべていた。
若様の行動は褒められないといっても、一人で考えて自分で行動できたのだ。ベリー医師もフォーリも、若様が自分で行動できるようになったことに感動を覚えていた。




