教訓、二十五。つじつまを合わせる後始末は難しい。 2
2025/09/18 改
それを見届けてから、ローダがシェリアの元にそっとやってきた。先ほどまでバムスが腰掛けていた椅子に座る。
「…ベリー先生にも隠すの?」
随分、口調が砕けている。実はシェリアとローダは友人だった。ローダは幼い頃から医師になる固い決意を持った人で、カートン家の学校に行って医師になり、故郷のアリモに戻ってきた。
ローダがコニュータやサプリュなどで学んで、医師の腕を磨いている間に、シェリアは領主と結婚して子どもを産み、子どもが一歳になる頃に夫を亡くして寡婦になり、領主になった。
ローダは平民で、シェリアは落ちぶれた地方貴族の出だ。地方貴族といえども、平民となんら変わらない生活をしていた。地方貴族の名前があるだけだった。そこからのし上がったのである。
「あの先生、鋭いわよ。さっきも疑ってたけど、私が大丈夫だって言うから、引っ込んだのよ。」
「…ええ。分かってる。そういう人でないと、殿下付きの医師をしていられないわ。」
ほう、とシェリアは息を吐いた。体がだるいのだった。
「…あなた、半分は幸せそうね。それもそうか…。ようやく見つけた本気になれる人と、床を共にしたんだから。向こうは記憶がないけどね。」
「そうよ。記憶がなくてもいいの。あの人の役に立てたもの。それに、こんな事でもない限り、あの人は私とそういう関係には絶対にならない。権力で迫って…一度はそれで奪ったけど。」
ふふ、と笑うシェリアに対し、ローダは一瞬目を丸くして、指でシェリアの額を小突いた。
「あなたね。悪ふざけも大概にしなさい。そんなことをしたのに、よくあなたを嫌わずに助けてくれたわね。奇特な人だわ。」
「本当にそうよ。事情があって、後で説明を聞いたから、納得したみたいなんだけど、それでも、あなたが言うとおり奇特な人なの。殿下がいらっしゃらなくても、わたくしを助けてくれたわ、あの人は。だから、心を奪われてしまったの。」
ローダは領主になった友人の顔を見つめながら、ため息をついた。
「…あなたって人は。どうして、難しい人ばかり好きになるの。最初はご領主様で、今度は殿下の親衛隊の隊長殿。」
そう言ってシェリアの左手を握る。
「……それで、どうするの?前の時は、わたしはまだ新米のペーペーの医師で、かなりビビりながらあなたの双子のお産に臨んだけど。」
シェリアの義父の後妻が、夫マイスとお腹の子ども達を殺そうと狙っていた。信用できる人がいないため、お産を見て欲しいとシェリアに頼まれたローダは、師匠に相談した。それで、師匠と二人でシェリアのお産に立ち会った。無事に生まれ、半年を過ぎるまでなんだかんだ理由をつけて、シェリアの側に留まった。
「あの時は本当に助かったわ。ありがとう。そして、今度もお願いしたいの。」
「まだ、分からないわよ。だって、数日のできごとじゃないの。」
ローダに指摘されて、シェリアはため息をついた。
「…もう、すっかり男を誘うような態度と視線が身についちゃって。わざとにしてもやりすぎよ。」
「でも…あの人、わたくしの誘いに乗らないの。」
「凄い鋼の精神の持ち主ね。」
「そうよ。わたくしが抱きついて引き止めても、行ってしまったわ。それに…殿下の護衛をするには、鋼の精神が必要なの。」
「…それもそうね。わたしもびっくりしたわ。この世にあんなに美しい子がいるだなんて。天から降りてきたって言われても、不思議じゃないもの。」
ローダは診察記録をめくった。
「それで、どうするの? 確かに可能性はあるけど。脈の具合を診た感じではね。でも、まだ不確かよ。」
「ええ。分かってる。でも、この感じ、間違いないと思う。わたくし、前の時もすぐにつわりが始まったわ。だから、誰にも言わないで欲しいの。あの人に知られてしまったら、動揺してしまう。殿下の護衛は出来ないとか言い出してしまうでしょうし、自害して罪を償うとか言い出しかねないわ。食べさせられた薬のせいなのに。」
シェリアの表情を見ていたローダは、彼女の手をぎゅっと握った。




