教訓、四。優しさも危険を招くことがある。 3
その時、フォーリが素早く振り返った。シークもベイルも気が付いた。何かが窺っているような感覚だ。
「私は戻る。」
フォーリはすぐさま走って行く。
「ベイル、馬車を見張れ。何人かここに送る。何か細工でもされたら困る。私はその後、若様のところに様子を見に行く。」
「はい。」
ベイルはすぐに馬車に向かう。それを見てからシークは走った。本当なら馬も見張った方がいい。だが、馬はなんとか換えがきいても、馬車が壊れたらすぐには換えられない。馬の調達よりも馬車の修理の方が時間がかかるし、場合によっては死ぬような大事故にも繋がりかねない。
急いで隊員達の所に向かう途中、角から出てきた何者かとぶつかりそうになった。
「!おっと!」
思わずそんな言葉が漏れる。相手と目が合う。顔を布で隠している。いかにも怪しい男だ。だが、ここはカートン家の駅舎だ。顔を隠したいと思うほどの大けがをしている人がいるかもしれない。
「いや、し…。」
失礼した、という言葉は最後まで言えなかった。いきなり、相手は抜刀して斬りかかってきたのだ。後ろに下がりながらシークも剣を抜いて、振り下ろしてきた剣を受け流した。さらにその勢いのまま、がら空きになった相手の胴を狙って剣を切り上げる。両刃の剣だから腕を返す必要はない。
「!」
さすがにそのまま、相手も斬られることはなかった。間合いを取ろうと後ろに下がり、しかも、片手で剣を握る。片手になったところを剣の腹で強かに相手の腕を叩いた。
「くっ!!」
という短い苦痛の悲鳴とともに剣が地面に落ちた。刃のない部分で叩いたが、鉄の棒で叩かれるのと同じだ。かなり痛かっただろう。シークは相手が剣を拾う前に、喉に剣を突きつける。
「降参しろ。」
「……。」
「自害はするな。わざわざ殺さなかったのに。殺すならもっと早くにできた。最初の一手でな。」
シークは男を立たせると、とりあえず隊員達の休んでいる控え室まで行くことにした。だが、もう少しで控え室、という所で男が脱走を図った。
「待て!」
シークが走ろうとした時、何かが飛んできて男の膝に当たり、男はもんどり打って転んだ。
「ぐぅぅぅ!」
男は悶絶している。顔の覆面も外れかけている。シークは男の覆面を取ると、それで男の両手を後ろ手に縛った。カートン家内なので、わざと縛っていなかったのだが、脱走を図ったので仕方ない。これで、少しは動きが鈍くなる。
それから、当たりを見回した。火箸が一本落ちている。ふと、視線を感じて首を巡らすと、控え室の上の窓からフォーリが引っ込んだのが見えた。あの部屋で若様が休んでいるはずだ。
(あそこから投げて当たるとは、あいつの肩はどうなっている?)
シークは火箸を回収すると男を立たせた。男は脚を引きずりながら歩く。
「お前、誰に言われて何をしにきた?大体、なぜ、いきなり逃げ出した?逃げなければ捕まることもなかった。今のうちに私に言っておいた方が得だと思う。なんせ、ニピ族は怖いぞ。どんな拷問をされるか、私も知らない。初めて見るから興味がある。ぜひ、お前の拷問を見学させてくれ。」
わざと脅しながら控え室に連れて行く。建物に入る前に異変に気が付いた隊員達が出てきた。
「隊長、この男は何者ですか?」
「分からん。厩舎の近くで遭遇した。誰か五人ほど、厩舎に行ってくれ。馬車と馬を見張れ。何かされていたら困る。急げ、ベイルが一人でいる。」
すぐに連絡が行き、五人が走って厩舎に向かった。
そこにフォーリと若様が下りてきた。ベリー医師はちょっとの間に用事があるのか、姿が見えなかった。
「ベリー先生は?」
思わずシークが尋ねると、カートン家の護衛を厳しくするよう、伝えに行ったという。つまり、若様の側を離れられないので、一緒に行動するしかないのだ。
男は覆面ではなく、国王軍の拘束用の革紐で腕を後ろ手に縛りなおされた。特殊な縛り方で簡単には脱走できないようになっている。
「この男は?」
フォーリが若様を後ろに隠すように庇ったまま尋ねた。
「分からん。厩舎の近くで遭遇した。何も言っていないのに、いきなり斬りかかってきた。顔に覆面をしていて怪しいとは思ったが、一応カートン家の駅舎だから、顔に怪我でもしている人かもしれないと思って聞こうとした途端、抜刀してきた。だから、応戦して捕らえた。」
さらにシークは念のため、厩舎と馬車をベイルに見張らせており、応援に五人を行かせたことを伝える。
「何者だ?正体を言え。」
シークはさっそく質問を繰り返した。
「さっきも言ったはずだ。お前も何か武術をたしなむ端くれだったら、知っているはずだ。ニピ族の拷問が凄絶を極めることを。言った方がいいと思うぞ。もちろん、お前の目の前にいるこの男がニピ族だ。ほら、鉄扇が見えるだろう?本物だぞ。まあ、私だったら痛い目に遭う前に答えるがなあ…。」
そう言って気の毒そうな表情を浮かべてみせた。
「……。」
男は黙り込んだままだ。
「他に仲間はいるのか?」
「……。」
「本当にいいのか?苦しい目に遭っても?」
それでも男はだんまりを決め込んでいる。
「全く律儀な奴だ。答えれば死罪にもならなかったものを。しかも、死罪になる前に痛い目に遭わなくてはならないな。とんだ大損だ。」
「…し、死罪?」
初めて苦い顔で黙り込んでいた男が声を発した。
「ああ、そうだ。私は死罪にしていい許可を得ている。私の判断でできる許可を頂いているのでな。もちろん、国王陛下に。」
男の視線が初めて揺らいだ。
「…じゃ、じゃあまずこの手を前に縛りなおして欲しい。痛くてたまらない。そうしてくれたら答える。」
「本当か?」
「本当だ。」
「じゃあ、まず言え。言ったら縛りなおしてやる。」
すると、男はまた黙り込んだ。シークはしばらく様子を見ていたが一向に答える気が無いのをみて、縛り直してやることにした。
「…分かった。仕方ないから縛り直してやる。」
部下に命じて縛り直させる。
「ほら、直してやったぞ。言え。」
「……。」
男は黙り込んだ。やっぱりただの時間稼ぎだったか、とシークは思った。
「答えないんなら、また、後ろに縛り直す。おい!」
もう一度、部下になおさせようとした時だった。