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教訓、二十四。疾風に勁草を知る。 6

2025/09/12 改

 その時、ちらり、とシークを見たブラークがニヤリと笑って口を開いた。


「こういう時こそ、親衛隊の出番ですな。何しろ、親衛隊長はサプリュで事件の容疑者として、名が上がりましたからな。毒味をかって出れば疑いも晴れましょうぞ。記録によれば、親衛隊が毒味をした事例もありますぞ。」

「そうですな。ヴァドサ・シーク、あなたは剣族だ。身分も悪くない。殿下の毒味をするのに変な心配もいらないはずですな。」


 ラスーカも同調してシークを指名したので、その場の空気が一瞬、凍った。何かあるとみていいだろう。シークは覚悟した。もしかしたら、今日、死ぬかもしれない。毒が入っていようといまいと、この不毛な会話を終わらせるにも、毒味をするしかない。


「分かりました。私が毒味を致します。」


 若様がはっと息を呑んだ。フォーリも難しい顔をしている。隣のロモルも緊張している。シェリアの顔はこわばり、バムスも(きび)しい表情を浮かべていた。


 フォーリに毒味をする皿を渡してくれるように頼む。フォーリも少し躊躇(ちゅうちょ)したように動かなかったが、仕方なく皿を取り上げ(はし)も一緒に渡してきた。後ろに下がり、広間の端においてある小机と椅子の前に座った。誰もがシークの一挙手一投足を見守っている。


 食べる前に少しだけ考えた。仮に毒が入っていた場合、異変を感じても毒が入っているとは言えない。言えば無実のシェリアを罪に定めることになる。さらに、連座でバムスまで罪に問われることになるだろう。

 だからといって、毒が入っている物を若様に出すわけにもいかない。シークは覚悟を決めて、和え物を口に運んだ。


「!」


 一口食べただけで分かる。苦い味がする。だが、異変を口に出せない。


「和え物はもう一皿ありますな。ちょうど余っているようだ。」


 ブラークがそんなことを言っている。つまり、異変を感じたので皿をひっくり返して、食べられなくする作戦は通用しない。その一皿はそれこそ、ひっくり返す作戦でいくとしても、この一皿が問題だ。

 なんとか考えながら、飲み込んだ。つまり、異変を感じても全てを食べるしかない。少しでも残せば言いがかりをつけて、若様に食べさせようとするかもしれない。


 そして、若様に食べさせることがないようにした後、何事もなかったように広間を出て行くしかないのだ。広間を無事に出て行けるかどうか分からないが、意地でも何でもやるしかない。

 若様の前で倒れることだけは避けたかった。優しい子だから、どれほど悲しむだろう。深く傷ついてしまう。広間の近くでもダメだ。できるだけ広間から離れなくてはならない。


 覚悟を決めたシークは、せっせと料理を口に運んだ。毒味なのだから、少ししか食べないのが普通だ。それを完食しようとしているのを見て、シークの関係者は青ざめた。


 だんだん体調に異変が出てきた。妙に暑くなってきた。その上、心拍数も上がり、運動をしているかのように鼓動(こどう)が速くなる。元々体調が良くなかったので、だんだん息が上がってくる。汗もかいている。(ひたい)に玉のような汗が浮かんだ。

 なんとか全部を食べた後、侍女が置いてくれた水を飲んだ。ロモルを手招きすると、急いでやってきた。


「…余った一皿を。」


 最後まで言わないうちにロモルは立っていき、フォーリも察して、余っているとブラークが指さしていた一皿を取り上げて渡した。いや、渡すフリをして落としてひっくり返した。


「失礼致しました。」


 フォーリは素知らぬ顔をしている。これで安心なので、シークは立ち上がった。なんとか体に力を入れ、若様に挨拶(あいさつ)をする。


「……殿下…任務中に失礼致します。少々、この場を離れますが…お許し下さい。」


 若様はすでに察して、両目に涙を浮かべて頷いた。頭を下げると額から汗が落ちた。


「申し訳ありません。」


 一歩、歩くだけでふらついた。頭もぼーっとするし、体中が変だった。なんとか必死になって体を動かす。どうにか、広間の中心に来た。まだだ、まだ、まだだ。一歩一歩、踏みしめるように歩く。ようやく、広間の端に来た。随分(ずいぶん)、長かった。かなりの距離を行軍の訓練で歩いたかのようだ。たったこれだけの距離を歩いただけなのに、肩で息をした。


 それでも、ここで終わりではない。廊下に出ると、待機していた部下達が青ざめた。


「隊長。」


 アトーが小声で聞いてきたが、問題ないと伝える。


「…任務を全うしろ。いいな。何があっても、私に何があっても…任務を全うしろ。」


 全身で息をすると、また廊下を歩き始める。誰かが後ろをついてこようとした。


「来るな。」


 短く命令する。誰にも来て欲しくなかった。誰にも苦しんでいる所を見られたくない。それに、きちんと任務を全うして欲しい。

 ふらついても何とか歩き続けた。頭がぼーっとして、どこをどう歩いているのか分からない。気が付いたら人が誰もいなかった。


 人がいない、そう思った途端、力が抜けた。廊下の壁に背中を当てて、ずるずると何かに引きずられるように座り込んだ。

 なんだか、非常におかしかった。何をどう説明したら良いのか、説明しにくい。頭の中がもわっとする。制服を脱ぎ捨てたいほど暑い。汗を全身にかいていた。


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