教訓、二十四。疾風に勁草を知る。 5
2025/09/12 改
若様が広間に入っていくと、すでに待っていたシェリアにバムス、そしてラスーカとブラークも一応、立ち上がった。内々の宴会とはいえ、セルゲス公の若様に八大貴族の半分がいる宴席なので、それなりに豪勢な宴会である。
音楽家や吟遊詩人も呼ばれて音楽を供し、大きな燭台やシャンデリアに蝋燭がたくさん灯されている。まだ、夕方の光が射し込んできて、余計に幻想的な雰囲気になっている中、若様の姿がより一層、神秘的な美しさが際だって見えた。夕陽のような髪の毛が夕陽に照らされて、溶け込みながら発光しているように見える。
バムスもシェリアも着飾っていた。シェリアは特に若様も一瞬、見とれてしまうほど綺麗に着飾り、蠱惑的で妖艶な美しさと気品が混じっていた。バムスはいつもに増して貴公子然とした姿で、年齢が不詳だった。
若様が着席し、シークとロモルは少し離れて後ろに控える。
「それでは、ベブフフさまとトトルビさまをお迎えする宴会を始めます。…殿下。」
シェリアが宣言し、話を振られた若様に対してすかさずフォーリが耳打ちし、若様は口を開いた。
「…ノンプディに任せる。」
「かしこまりました。それでは、始めなさい。」
シェリアは音楽家に音楽を演奏するように命じ、さらに料理を運ばせる。
「…殿下、午前中は失礼致しました。」
料理が運ばれてくる間に、ラスーカが切り出した。
「殿下の御身を慮るあまりに、身の程を弁えずに申し出ました。」
若様は少しびくっと震えたが、覚悟を決めたようにラスーカの方を見た。
「…分かったならよい。次回から…気をつけよ。」
「はい。」
若様は楽団達の方を見つめた。竪琴と笛と五絃琵琶の演奏だ。
「…この曲は…昔、母上が弾いて下さった。なんという曲だ?」
「緑葉の宴という曲ですわ。」
「母上は竪琴だけで弾いて下さったが、こうして竪琴が三台に笛と五絃琵琶が入ると、全然違う曲に聞こえる。華やかに…なる。」
「ええ。」
こうしている間に、盛られた料理が取り分けられたり、汁物が運ばれてきたり、侍女や侍従達によって、食卓が整えられていく。
「これは…ノンプディ殿。随分と豪勢ですな。田舎の料理とは思えません。首府の料理と変わりないようですな。」
ブラークが嫌味を言う。言われたシェリアは微笑んだ。
「当然でございますわ、トトルビさま。殿下がいらっしゃるのです。殿下の御前に適当な物をお出しするわけには参りませんもの。」
「それは、準備に力が入りましたでしょう。」
「もちろん、ベブフフさまとトトルビさまがお喜びになるように、整えてございますわ。殿下が好まれる料理とお二人が満足される料理と、分けております。」
シェリアは気を利かし、若様が普段口にしていて体が受け付ける料理を、豪勢な食事の中に取り混ぜていた。豪勢な普段食べ慣れない物は、体に良くないと思ったからだ。そして、ブラークとラスーカが好む料理は料理で出すことにしていた。
「それでは、乾杯致しましょう。殿下には桃果汁の絞り汁をお出ししております。殿下のご健康を願って、また、バムスさま、ベブフフさま、トトルビさまのご健康を願って。」
乾杯がされた後に、杯をそれぞれが卓上に置いた。
「そういえば、毒味は済んでおいでですかな? シェリア殿?」
ラスーカがシェリアに馴れ馴れしく名前で呼びながら、唐突に聞いた。
「もし、殿下に毒が盛られたら一大事です。」
「毒など入っておりませんわ。ベブフフさまが来られるまで、殿下はわたくし達と共に食事をなさっておられました。」
シェリアは眉を寄せて、美しい顔を怒りで朱に染めながら言い返した。
「しかし、先日、どなたかに毒が盛られたとかなんとか、物騒な噂を小耳に挟みましてな。念には念を入れた方がよろしいでしょう。」
「…まあ、そんな噂を信じておいでですの。」
「万一ということがあっては、一大事ではないか?」
ブラークも会話に参加する。
「…それでは、こうしたらいいでしょう。殿下が召し上がる、その単品の和え物などはどうですかな? きっと、我々には薄味だとシェリア殿は思われて、最初から小皿に盛り分けられたのでしょうが、そういった物に入っていては危険だ。」
確かにその和え物は、ベリー医師に言われているとおり、薄味で野菜の量が多い。他の人と味付けを変えてある。
わざわざ指定した、ということはこの料理に毒が入っている可能性が高くなった。だが、毒など入っていないと言った以上、下げさせて別の物に取り替えるわけにもいかない。それに、取り替えた物にも入っている可能性がある。
その時、ガーディが入ってきて、バムスの側に控えているサミアスに何か耳打ちした。サミアスが伝え、バムスの表情がなんとなく険しくなる。サミアスに何事か伝え、サミアスがガーディに伝える。言づてを聞いたガーディは静かに退室した。
「では、誰かに毒味をさせましょう。そうすれば安心ですな。なに、形だけの毒味なのです。シェリア殿が毒を入れたと思っているわけではないのでな。」
「それは良い考え。この中の誰かにさせましょう。殿下の料理ですから、身分が低すぎる者はふさわしくない。」
「だからと言って、我々がするわけにもいかないし、シェリア殿がなさることでもありませんな。」
「では、わたくしの侍女か侍従にさせますわ。」
シェリアが言うと、二人は笑った。
「いけません。殿下はお美しい方だ。毒味でも後で良からぬ考えを引き起こすやもしれぬ。そのような心配のない者にしなくてはなりませんな。」
「ベブフフ殿、トトルビ殿、何を言いたいのですか? 先ほどから、毒が入っていると言いたげです。せっかくの料理が冷めてしまいますよ。お二人が疑わしいという料理は食べなくて良いのでは? 大皿から取り分けた物のみ、食せば良いでしょう。」
バムスが話を終わらせようとする。
「なるほど。つまり、レルスリ殿はシェリア殿と示し合わせて、毒を入れてあるのを認めているということですか? 大皿には入れないと。事前に伝えられていたということで?」
「私達が言っていることが本当に、ただの言いがかりだと思っているのですかな? 信じられませんな。もし、仮に入っていたとしたらどうするので?
まあ、嘘だと思ってそのまま殿下が召し上がっても良いですが、何かあればノンプディ殿が責任を取られるということですか。レルスリ殿も。」
「…責任ですか。どうしても、毒味をしなくてはならないと?」
「一口、食べるだけで良いでしょう?何をそんなに渋るのですか? 誰か適当な人物にして頂きたい、と申し上げているだけですが。」
「あまりに拒否をなさいますと、かえって疑いを強めるだけですぞ。」
バムスにしてもシェリアにしても、毒味をしないのは確かにその疑いを強めることになる。毒が入っていないとシェリアが言ってしまった以上、毒味をするしかない。




