教訓、二十四。疾風に勁草を知る。 4
2025/09/11 改
シークはベリー医師に起こされて、目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
「…随分、寝てしまったようです。どれくらい寝ていたんでしょう?」
「じきに夕方になります。夕方から宴会が始まるので、そろそろ起きないといけません。」
「やっぱり、そんなに寝ていたんですね。」
「お粥と汁物を用意してあります。空腹で目を回してもいけませんから。」
顔なども洗い、身支度を調えて出て行くと、若様がロモルとカードゲームをしていた。そういうことにめっぽう強いロモル相手に、手加減して貰いながら、フォーリの助言を受けつつ遊んでいるようだ。
「…隊長。大丈夫ですか。」
ロモルが気が付いて立ち上がると、若様も顔を上げた。
「…良かった。少し顔色が良くなってる。」
「ご心配をおかけします。」
シークが言うと、若様はふふふ、と嬉しそうに笑った。
「いつも、心配して貰うばかりだから、心配ができて嬉しいの。」
そんなことはない。若様はいつも人のことを心配している。だが、それだけ人に心配をかけている、という思いになっているのだろう。
「早くご飯を食べてね。」
はい、と返事を返してベリー医師に案内されて、隣の用意された小部屋で食事を採る。
その後ろ姿を見送ったロモルの顔を、若様はじっと見上げていた。
「ねえ。」
若様の声でロモルは、はっとする。
「はい。申し訳ありません。ぼーっとして。」
「ううん。ヴァドサ隊長、大丈夫だって思う?」
「…あんなに病人という状態の隊長を見たことがありません。ですから、驚いてしまいまして。」
ロモルの答えに若様は頷いた。
「うん。あのね、宴会の時、私のことはフォーリがいるから、ヴァドサ隊長が倒れたりしないように気をつけてね。きっと、叔母上はヴァドサ隊長が邪魔なんだと思う。」
若様の言葉にロモルは、フォーリと思わず顔を見合わせた。今まで若様が、そんなにはっきりと言葉にしたことがない。
「だから、宴会でも何かあると思う。だから、フォーリ。もし、何かあったらフォーリはヴァドサ隊長のところに行って。私のことはレルスリがいるから、大丈夫だよ。」
「若様、大丈夫ですか?」
フォーリがやや硬い表情で聞き返す。
「…うん。たぶん、大丈夫だと思う。それよりも、ヴァドサ隊長がいなくなる方が嫌だ。みんなと離ればなれになっちゃうのは嫌だもん。せっかく楽しく仲良くなれたのに。」
若様の言葉を受けてフォーリは頷いた。
「分かりました。その代わり、レルスリ殿の側を離れないで下さい。」
「うん。そうするよ。なるべく早く宴会の席を立つようにする。」
「…若様、ありがとうございます。若様が隊長のためにそこまでして下さって…そうして下さろうというお気持ちだけで、とても嬉しいです。」
ロモルが若様の優しい気持ちに胸を打たれて礼を言うと、若様が半分は嬉しそうに半分は悲しそうに頷いた。
「だって…私はヴァドサ隊長が好きだし、みんなのことも好きだよ。だから、少しでもみんなの役に立ちたい。これくらいしか、できないから…。」
「若様、とても大きいことです。私達には逆立ちしたってできません。」
「…ほんとう?」
「はい。隊長のために…本当にありがとうございます。私達も若様を補佐します。」
「うん…。なんとか頑張ろう。」
若様は大きく頷き、ロモルも思わずその笑顔を見て笑った。
だが、事態はみんなの想像を超えて動くのである。
その頃、“反省”をさせられたラスーカとブラークは、自室としてシェリアから借りている部屋で休んでいた。
「一体、どこであんなことを学んだのか。やはり、妃殿下の心配される通りであった。」
「バムスとシェリアの入れ知恵であろう。このままでは、セルゲス公としての地位を固められてしまう。何が人前で話すことが出来ないだ。全然違うではないか。」
ラスーカに文句を言われ、ブラークは抗議した。
「いいや、ほんの何ヶ月前まではそうだったのだ。私に何も言えず、ただただ震えているだけだった。それが、今日のはいきなりなんだ。本当に驚いた。」
「とにかく、今晩が勝負だ。ヴァドサ・シークを見たか?」
ラスーカの問いにブラークは頷いた。
「毒を飲んだのは間違いないようだ。ひどい顔色で今にも死にそうではないか。あの状態であれを飲めば…今度こそ確実に死ぬだろう。不名誉に。」
「しかし、ヴァドサ・シークが誰にもおもねらないのは、本当のようだな。陛下に斬れと言われているから、斬るかと聞くか?私達が恐ろしくないのか。八大貴族だというのに。陛下に命を受けていても、普通は多少なりとも迷うものだが。」
「まったくだ。気に入らん。」
そこに一人の男が入ってきた。
「気をつけろ。レルスリ家のニピ族がうろうろしている。」
「分かっている。そのためにお前達を雇ったのだ。」
「ベブフフ殿の言うとおりだ。お前達、あれの準備は抜かりないだろうな?」
「もちろん、抜かりない。ここから時間勝負だ。レルスリ家のニピ族を二人、縛り上げたぞ。診察記録の方はあの男に任せてある。後はあんた達が上手くやれ。できるだけ、宴会の早い段階でな。
そうでないと、ニピ族が二人いなくなったバムス・レルスリに勘づかれる。勘づかれたらやっかいだ。」
二人は頷くと立ち上がった。
「そろそろ時間だ。」
ラスーカとブラークはニヤリと笑った。




