教訓、二十四。疾風に勁草を知る。 3
2025/09/11 改
若様は驚いている面々をよそに、さっさと広間を後にした。広間を抜け若様の部屋がある棟に足を踏み入れた途端、ふらついてフォーリに支えられた。
「…疲れた。従兄上の真似をしていたら、疲れちゃったよ。」
いつもの若様に戻って、ぐったりする。
「若様、よく頑張られました。びっくりしましたよ。」
フォーリは言うと若様を抱きかかえた。
「……うん。うまくできたかな、“セルゲス公”って感じ。ねえ、どうだった、ヴァドサ隊長?」
「大変よくできておられました。私もびっくりしました。」
廊下を歩きながらシークが答えると、若様はにっこりした。
「…良かった。」
部屋に入るとフォーリは、若様を長椅子に寝かせた。
「いいよ、大丈夫。」
若様は起き上がった。
「それより、ヴァドサ隊長、休んで。顔色が悪いよ。心配だもん。」
若様の言葉でシークは気が付いた。若様がセルゲス公を演じてまで休むことにしたのは、シークを休ませるためだと。
「若様、今のは私のために?」
「うん。レルスリとノンプディと話し合っておいたの。私が休むと言えば、ヴァドサ隊長も休めるだろうって。ね、ほら、休んで。」
そう言って、長椅子に休むように指を指す。
「…しかし、そう言われましても。」
シークが戸惑っていると、ベリー医師がやってきた。
「若様、素晴らしかったですよ、“セルゲス公”の役。大変、よい出来でした。しかし、よく考えられましたね。誰かに何か言われましたか、レルスリ殿かノンプディ殿に。」
「うん。三人で話し合っておいたの。ノンプディがね、私が休むって言って休むことにしたら、ヴァドサ隊長も休ませられるって。」
みんなによくできたと言われて、若様は少しだけ得意そうだ。若様がそんな表情を見せるのは珍しい。
「それで、あのお二人に反省させているのは、どうしてですか?」
「…あぁ。あれ?」
なんだか急に声の調子が下がる。
「前にレルスリが言ってた。許すって言うの、悪いことをしていない人に言うの、変だし納得できないって言ったら、許すっていうのは、自分の心を開いて相手を受け入れることだって。だから、許すっていうの、抵抗なくなったの。でもね、あの二人は心を開いて受け入れたくなかったから。」
ベリー医師は、それを聞いて笑った。
「そうですか。もう少ししたら、使者を出して休ませた方がいいですよ。誰か親衛隊の一人を使わした方がいいでしょう。そうでないと、ずっとひざまずかせたままだったというのでは、何を言われるか分かりませんからね。」
若様は不承不承、頷いた。
「…分かったよ。じゃあ、森の子族のハクテスっていう人に言う。」
「ハクテスを呼びますか?」
シークが聞くと若様は、ちょっとだけまなじりを上げて怒った顔をした。
「ベリー先生、ヴァドサ隊長が休んでくれないの。休んでって言ってるのに。」
ベリー医師は笑った。
「大丈夫ですよ、ご安心を。私が来たのは、彼を休ませるためですからね。フォーリ。隣の部屋に。」
そう言ってから、シークに向き直る。
「休まないとどうなるか、分かりますか? 今ならあなたに勝てますからね。」
シークは苦笑いした。
「先生、分かっています。若様、ご心配おかけして申し訳ありません。わざわざ休めるようにして頂き、ありがとうございます。」
「うん、早く寝て。倒れないかって心配だったから、座って貰ったんだもん。」
シークをひざまずかせたのは、そういう理由からだったようだ。若様の賢さが垣間見えて、驚くと共に嬉しくなった。
「失礼します。後のことは…。」
「いいから、みんな大丈夫ですから。」
ベリー医師に促されて、隣の小部屋に入った。ベリー医師が、若様の部屋で泊まり込みをする時に使っている。
「後で薬を持ってきます。」
ベリー医師が退室し、一人になった所でシークは寝台に両手をついた。実際にみんなに心配される通り、ずっと立っていて耐えられたかどうか分からない。相当、堪えている。こんなに体がきつかったことがないので、かなり戸惑っていた。しわにならないよう、なんとか制服を脱いで寝台に横になると、あっという間に眠ってしまった。




