教訓、二十四。疾風に勁草を知る。 1
2025/09/07 改
ラスーカ・ベブフフとトトルビ・ブラークがやって来るので、シークは無理をして起きだした。
毒を盛られた後、昨日一日寝て過ごしていたとはいえ、すぐに回復しなかった。体は鉛のように重く、昨日は少し熱が出た。ベリー医師曰く、毒のせいで体に炎症が起きたせいだろうから、無理して下げず様子を見る、ということだった。
本当ならまだ、起きるどころではないとベリー医師に言われながら、ベイルが持ってきた準正装の制服を着る。
「大丈夫ですか、隊長。休んでいた方がいいのでは?」
ベイルの代わりにいるロモルが心配そうに言った。
「そういう訳にはいかん。先日のことを忘れたか? 私がいないと言いがかりをつけて、若様は責められた。だから、絶対にいないといけない。」
シークの言うことも最もなので、仕方なくベリー医師が強壮剤を処方してくれた。
「これを飲むとね、後でがっくり来るからね、本当はダメなんですよ。いいですね、今日だけです。」
繰り返しベリー医師に言い聞かされた後、シークはその強壮剤を飲んだ。確かによく効いて、体が軽くなって元気になったような錯覚に陥りそうだ。他にもベリー医師に言われた薬を飲んだり食べたりした。
「絶対に無理は禁物です。いいですね。」
ベリー医師も、ラスーカとブラークを迎える宴席には同席する。そう、彼らはそういうことが大好きなので、華々しく迎えてやらないといけないし、そうしないとシェリアの評価も下がるのだ。
シークがベリー医師の長い注意後に医務室を出て、ロモルと廊下を歩いているとバムスとシェリアに出会った。
「大丈夫ですか? ぎりぎりまで医務室から出られないだろうと思って、伺おうとしていたのです。」
「お気遣いありがとうございます。ベリー先生に頂いた薬でなんとか動いています。」
「そうですか。どうか無理はしないで下さい。私達も彼らの動きには警戒しています。まずは今日の宴会をなんとか乗り切りましょう。何かあったらすぐに私達に連絡をして下さい。副隊長のルマカダ殿にもそう伝えました。」
「ありがとうございます。」
いろいろと気が利くバムスにシークは礼を言った。世話になってばかりだと思う。だが、後で何か要求してくる人ではないと分かっているから、安心していられる。そうでない人間だとおちおち借りも作れない。
「ヴァドサ殿、本当に申し訳ありませんわ。」
シェリアが来て、逃げる前に手をさっと握られる。いつもより動きが鈍いため、逃げられなかった。
「わたくしの屋敷でこのようなことが起こるなんて。しかも、立て続けに。」
シェリアは言って、涙を浮かべ唇を震わせた。そんなことをされると、どうしたらいいのか分からなくなってしまう。
「…ノンプディ殿のせいではありません。ですから、どうかお気になさらないで下さい。」
すると、シェリアは曇った表情のまま、シークを見上げた。
「…親衛隊の隊長ならば、わたくしを責めて当然なのですわ。殿下をお守りする立場なのですから。わたくしは殿下をお守りすることを条件に、療養する場所を提供致しております。」
そうすべきだ、という意味を含めて言われて、シークは納得できなかった。
「しかし、ノンプディ殿は黒幕ではないと分かっています。それなのに、表面上でも責めるべきなのでしょうか。とりあえず、保身のためにそうしたとして、私自身の身を守る保証は全くもってありませんし、犯人でない人を責めた所で何か現状が変わるでしょうか。
そうした所で何か変わるとは思いませんし、相手を混乱させる目的だとしても、こちら側にも無用の混乱を招くのではないかと思います。
こうやって毒を盛られたことでもありますし、向こうは私を自分達の味方にはならないと判断したのですから、今さらそんな表明をしてみせる必要はないと思います。」
シークの判断にシェリアは息を止めたようにして、見つめていた。代わりにバムスが頷く。
「一理あります。どういう選択をするかは、ご本人の判断によりますが…陛下の側からすればヴァドサ殿の判断の方が良いかと。国王軍の親衛隊という立場からすれば、まっとうな判断です。」
バムスの言葉にシークは安堵した。八大貴族として政治を取り仕切っている人がそう言うのだ。おおよそ正しい判断だと分かって、安心した。
シェリアはため息をついた。
「大変な道のりですわ。もっと命を狙われるでしょう。殿下のことも含めて、二人まとめて殺してしまおうと、もっと大がかりにしてくるかも。」
「それが私の役割であり、任務ですから仕方ありません。」
シェリアは眉根を寄せた。
「シェリア殿、行きましょう。」
バムスが促した。
「ええ。お仕事の邪魔を致しましたわ。失礼致します。」
ようやくシェリアが名残惜しそうに手を離してくれた。
「それでは、気をつけて下さい。くれぐれも無理はしないで下さい。」
「ありがとうございます。」
シークは二人に礼を言って頭を下げる。どんなに親しくしてくれても、向こうの方が身分が上だ。最低限の礼儀は必要だ。
二人を見送ってからすぐに、今度はフォーリと若様がやってきた。
「若様、おはようございます。」
「おはよう。」
そう言って、しげしげとシークを見上げた後、そっとマントを引っ張った。
「ねえ、ヴァドサ隊長、大丈夫なの? 無理はしないで。顔色が悪いよ。私は少しくらい、文句を言われても大丈夫だよ。」
若様はやはり鋭い方だ。シークが先日、言いがかりをつけられていたので、そのために起きだしていると分かっているのだ。
「いいえ、若様、文句を言われる言われないの前に、私は親衛隊の隊長です。今日はベブフフ家の当主ラスーカ・ベブフフ殿とトトルビ家の当主トトルビ・ブラーク殿がお見えになります。
迎えるための大きな催しが開かれ、若様がそれに出席なさる以上、自分の都合で任務を放棄するなどあってはならないことです。しかも、若様はこの催しを欠席することはできません。欠席するから私に休むように、とは仰らないで下さい。」
若様が何を言うか想定して先手を打って伝えると、若様はいささか不服そうに黙った。
「…私は欠席できないの?」
「はい。若様のご将来のためにも、出席なさった方が無難かと思います。」
若様はうつむいた。
「レルスリにも言われた。私が欠席すれば、こんな催しにも出席できないようであれば、セルゲス公の位は不必要だと言われて、セルゲス公を剥奪されて、もう一回、幽閉されるかもしれないって。」
若様も今日は準正装だ。
「…でも、心配だよ。」
「本来なら若様のお付きの医師である、ベリー先生を私がずっとお借りしています。きっと、大丈夫です。さっき、薬も頂きました。猛烈にまずかったですが、効果はあるようです。」
シークが言うと、若様は顔を上げて少しだけ表情が明るくなった。ベリー医師がついているのが、少し安心感を与えたらしい。
「ベリー先生も宴席におられるということですから。」
さらに言うと、ようやく若様は頷いた。
「気をつけてね。」
シークに言った後、ロモルを見上げた。
「…ねえ、こっち来て。」
なぜかロモルを廊下の向こうに引っ張って行き、何かごしょごしょ内緒話をしている。思わず笑ってしまった。
「若様が子どもらしいことをなさるようになって、良かったな。」
フォーリに言うと、彼も頷いた。
「でも、話している内容は、お前が無理をしないように見張っていろということだ。」
「……。よほど、心配して下さっているのか。」
苦笑いするしかない。だが、笑い事ではなく、こんなに体が動かないことは、今までに生きてきてなかったことだ。そこは本当にまずい。さっと動けなくては意味がない。
たぶん、今日来たこの人達が、大々的に何か仕掛けるということはないとは思うが…。それでも、油断はできない。ベリー医師の薬が効いているとはいえ、体が弱っているのは事実だと気を引き締め直した。




