教訓、二十三。毒薬変じて薬となる、とは限らない。 16
2025/09/05 改
次に入ってきたのはベイルだった。
(あ、副隊長だ…! 副隊長も驚くかな。)
ロルは動きにくい体をなんとか動かし、呼びかけてみることにした。
「……ふ…ふくたいちょう。」
するとベイルは目を見開いた。
(…やっぱり、びっくりしてる。)
ロルはおかしくなった。
「……へへ、ふくたいちょう。」
ロルはもぞもぞと起き上がろうとした。そして、顔を上げた。
「!! ぎゃぁぁぁぁぁ!」
ベイルが剣を抜いて、今にも頭上から振り下ろそうとしている。ロルは思わず悲鳴を上げた。
「待て!」
大急ぎで止めたのは、一番最初に驚いて復活したベリー医師だった。ベイルの腕を押さえ、ロルとの間に入る。
「! 先生、危ないです…! 死体が生きて動いているから、とどめを刺さないと…!」
「…と、とどめ、ささないでぇぇぇ!」
「……?」
「落ち着きなさい…! 死体が生きて動いているなら、死んでないでしょう。生きてるってことです。」
数秒間の間があった。
「…あぁ、そうか。お、オスターは生きてるってことですか!?」
納得してから、ロルが生きていることにベイルはびっくりする。みんな、てっきり死んだと思っていたのだ。
ベイルの声が聞こえてから、医務室にいるモナがそっと様子を伺いに来た。
「…オスターが生きてる!?」
ロモルも物の下から這い出てきた。落ちた物を急いで棚にしまう。棚にしまっていると、モナが様子を伺いながら中に入ってきた。
「オスター、大丈夫か!?」
ベイルが剣を持ったままロルに寄って行くので、ベリー医師が慌てて押さえ込んだ。
「先に剣をしまいなさい。せっかく生きているのに、間違って首でも切ってしまったら、ことでしょう。」
注意されてベイルは剣をしまった。
「お前、生きていたのか…! あぁ、良かった…! てっきり死んだと思って、みんな悲しんでたんだぞ…!」
ロモルが片付け終わって、ロルに一番最初に近寄った。
「あぁ、本当に私も死んだと思っていました。完全に事切れましたもんねぇ。心臓も止まって息も止まって、体温も下がり続けたので、死んだとばかり…。まさか、仮死状態になっていたとは。」
「隊長も喜ぶ。本当にお前が死んだと思って、物凄く悲しんでいたんだぞ。」
「みんなにも、オスターが生きていたと伝えよう。みんなも喜ぶ。」
ベリー医師やロモル、ベイルが嬉しそうに言った。
「…そう言えば、おれ、隊長が泣いている夢を見た。」
みんな顔を見合わせた。
「…夢? 夢でなく本当に隊長は泣いてた。具合が悪いのに、無理に起きだして。」
「…そうなのか? でも、隊長は泣いてて、おれが怒ってもいいから、故郷に帰していれば、命は助けられたって、言ってた。…でも、おれはそんなの嫌なんだ。隊長やみんなと一緒にいるのが好きなんだ。」
ロルが黙った所で、ベリー医師が脈を測る。
「あの後、隊長が具合悪くなったんだ。みんなで叩いたりしていて、必死に呼びかけていただろ? ベリー先生も鍼を刺したりしてた。」
ロルの話を聞きながらベリー医師以外、みんな青ざめていた。
「おれ、隊長って呼んだんだ。そうしたら、隊長には聞こえてた。」
ベイルとロモルは顔を見合わせた。入り口のモナも黙って聞いている。必死になってみんなで呼びかけていたが、シークは眠ってしまいそうだった。眠ればそのまま逝ってしまうとベリー医師が言うので、必死になって怒鳴ったりしていた。
すると、突然、シークがはっとして『オスターだ…! オスターの声が聞こえる…!』と言って起きだそうとしたのである。おかげで一命を取り留め、薬を飲むことができた。その後は徐々に容態が落ち着き、峠を越えたのだった。
「…お前、隊長を呼んだのか?」
ロモルが恐る恐るロルに聞くと、ロルは子どもみたいに頷いた。
「うん。何度も隊長、死んだら嫌だって大声で呼んだ。それで、助かったから安心したんだ。それで、眠って目を覚ましたら、ここにいた。」
「……。」
不思議な話に一同は黙り込んだ。
「…そうか。君のおかげだったんだな。助かった。おかげで薬を飲ませることができたからね。」
よくやった、とベリー医師に肩を叩かれて、ロルは嬉しそうにへへへ、と笑った。
「こういう不思議な話は、医者をしているとよく聞くんだよ。本当に助かって良かった。でも、まだ絶対安静だ。みんなに教えるのはちょっと不安だな。」
「教えない方がいい。」
ずっと入り口で黙っていたモナが言って、入ってきた。つかつかとまだ横になっているロルの所に来て、じっとロルを見下ろした。
「…ごめん、ロル。お前には悪いことをした。お前に毒入りの飯を食わせた。」
「…でも、あれ、隊長が食うはずだったんだろ? 隊長が食わなくて良かったよ。」
モナはほっとしているロルに、硬い表情のまま続けた。
「違う。隊長はお前が食う前に、毒入りの水を飲んで倒れてた。治療中だったんだ。だけど、誰が毒を入れたか犯人を誘き出すため、俺は一計を案じた。お前が具合悪くなるまで待ったんだ。大丈夫だと思った。助かると思った。でも、まさか死ぬほど具合悪くなるとは思わなかった。ごめんな。悪かったよ。」
モナはいつもとは違って珍しく殊勝だった。




