教訓、四。優しさも危険を招くことがある。 2
シークとベイルは大きく息を吐いた。その気配に隊員達も、同様に大きく息を吐く。
「みんな、お疲れさん。でも、これからずっとこの毎日だから、早く慣れろよ。」
「へーい。」
みんな、あぁ、疲れるし緊張した、という表情をしている。若様の性別を超えた美しさに慣れなくて、いちいち気を遣うし緊張する。本当に美形を前にしてうっとりしてはいけない、というのはなかなかに疲れるものだった。だが、これからいつまで続くのか全く分からないのだ。もしかしたら、除隊するまでずっとかもしれない。
緊張を取ってから馬の世話に戻った。シークは馬の鼻面を撫でた。シークの馬はブムという。古語で疾風という意味だ。真っ黒で右耳と額が菱形に白い。一部分だけ白いが後は真っ黒で艶やかである。自慢の馬だ。
馬に飼い葉や水をやり、一段落ついた所でみんなを休ませる。カートン家の宿舎には、最低二人ほどはニピ族がいて警護しているという。その他に区域ごとに分けて、駅を回って異常がないか調べて回る部隊があるというベリー医師の話だった。
だから、少しみんなを休ませていいだろうと思ったのだ。ベイルとシークも戻ろうとすると、フォーリがやってきた。
「…どうした?若様は?」
「今はベリー先生がおられます。」
「ちゃんと馬車馬も世話してあるぞ。」
シークが少し驚いて緊張しながら尋ねると、フォーリはそのことじゃないと言う。
「さっきは、若様について意を汲んで頂いて助かりました。」
なんか、初めてフォーリに丁寧に言われたような気がする。きっと、前任者のせいでずっと疑っているからだろう。前の奴らは守るべき対象に手を出したのだから、当然のことだ。
「…どうしたんだ?いつもと調子が違うな。」
シークはつい、部下に対するように言ってしまった。フォーリはむ、と黙った後、軽いため息をついた。
「いいんですか、ぞんざいな態度でも?ずっと疑っていたので、失礼な態度をとり続けていました。怒りだして化けの皮が剥がれるかと思ったので。」
シークは思わずベイルと顔を見合わせた。きっと、本当は真面目な男なのだろう。まだ二十代でシークの部下達と年齢が変わらないのだ。
実はシークも三十になっていないのだが、子供の頃から長老達に育てられたのと、年下の弟妹達や親族達、その他(道場を開いて、ヴァドサ流の剣術流派を指導している高名な剣士達の子供や孫達、免許皆伝した人達の子供や孫達など。)の面倒をみてきたせいで、幼い頃から人をまとめなくてはならなかったため、部下達の指摘通り妙に老成していた。自分も変わらない年齢だということを忘れがちだった。
「私は構わん、前の態度で。それよりも、なぜ急に私にそのことを話そうと思ったのか聞きたいんだが。」
フォーリは少し考え込んでいた。シークはぴんときた。こういう時のシークの勘はよく当たる。
「お前、言葉遣いに迷ってるな?いいから、私のことも呼び捨てでいい。あえて態度を変えない方がいい。もしかしたら、私達と不仲だというように演じておいた方がいいかもしれない。どこに見張りがいるか分からないし。」
シークの指摘にフォーリは吹っ切れたように頷いた。
(こいつ、かなり真面目な奴だ。いちいち言葉遣いにも迷うなんて。)
シークはそんなことを思ったが、実はフォーリがシークのことを、かなり真面目な男だと思っていることを知らないシークだった。
「分かった、それでは前のままで。」
「うん。それで、どうして私達に話そうと?」
「二人は若様のことを一番に考えている様子だ。部下達にも若様のご容姿にいちいち反応しないように、指導している様子が見て取れた。」
「信用して貰えて嬉しいぞ。」
「まだ、完全に信用していない。」
「それでいい。で?」
「若様に乗馬を教えたのは、万が一何かあった時、お一人でも逃げられるようにするためだ。だが、あまりに褒めて自分はできると思えば、人は得意だと思っている所で失敗する。それに、私から離れすぎてしまえば、何かあってもすぐに対処できない。」
シークはベイルと顔を見合わせた。ベイルも目を丸くしている。
「…それはつまり、お前でも追いつけない可能性があると?」
まさか、と思う。ニピ族は乗馬も得意だ。フォーリは真面目な表情で頷いた。
「その通りだ。若様は私よりも乗馬がお上手だ。天賦の才をお持ちだから、本気で走って行かれたら私でも追いつけない。」
「それは…さすが、サリカン人というか、王族の血筋だと言うべきか……。」
サリカン人は、最初に馬を乗りこなした一族だと伝えられている。元々は草原に住む草の子族のサリカン族だった。初代王もかなりの乗馬上手だったと伝えられている。
「しかし、若様に自信を持って頂くために、得意なことを褒めてもいいのでは?」
今まで黙っていたベイルが質問する。
「二人は知らないだろうが、若様は本来、悪戯好きなご性格だ。もし、そのことをお伝えすれば奔放な性格を発揮されて、どこへ行かれるか分からない。」
「…確かに馬に触っておられる間、嬉しそうにされて、あまり緊張せずに話しておられた。お前の危惧の理由は分かった。」
「ニピ族のフォーリが追いつけないのなら、我々も追いつけない可能性が高いですね。」
ベイルが心配そうに口にした。
「…ああ、だからリタ族の酋長も、一番になれなかったのなら自慢できないと言って、そうならないようにしていたのだな。」
シークは納得した。
「いや、リタ族は元からそういう考えだ。」
なんだ、違うのか。深読みしすぎた。シークは決まり悪くて頭をかいた。
「…そ、そうか。ところで、話はそれだけか?」




