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教訓、二十三。毒薬変じて薬となる、とは限らない。 15

2025/09/05 改


 その晩のことである。

 ベリー医師は医務室の隣の物置部屋を臨時(りんじ)の霊安室にして、亡くなったロルをその部屋に安置していた。そして、時間ができたので、彼を綺麗(きれい)に清めてやろうと思った。


 昼間は大変だった。ロルがあっという間に毒で亡くなってしまった。ベリー医師が言ったことだったので、物凄(ものすご)く責任を感じていた。シークにはとてもじゃないが、話すことはできない。ベイルとモナにはこっそり謝った。自分のせいだと伝えると、二人とも自分のせいだと落ち込んでいた。いつも飄々(ひょうひょう)としているモナも、固く強ばった表情で黙り込んでいる。


 その後、みんなにロルが亡くなったことが伝えられ、仮の霊安室はずっと代わりばんこに誰かがいる状態だった。


 若様も(おどろ)いて、おそるおそるやってきて悲しんでいた。がっかりして落ち込んでいた。自分のせいではないのに、自分の護衛になったから、巻き込まれて死んでしまったと泣いていた。

 さらに、シークが毒を盛られて寝込んでいる事を知り、青ざめて不安そうに瞳を揺らしていた。だから、シークだけは絶対に死なせられない。もし、死んでしまったら、若様の心の方が持たなくなってしまう。


 ようやく夜になって落ち着いた仮の霊安室に入り、ベリー医師はランプを台に置いた。


「……オスター君、すまない。私は君を助けられなかった。たぶん、君が隊の中で一番、若いんだろうね。違ったっけ?とにかく、その君を死なせてしまって、本当に申し訳ないよ。」


 ベリー医師はこっそり涙を拭いた。助けられなかった命がまた増えた。この経験の上に医学の道は進んでいくしかない。多くの命の犠牲の上に。

 ベリー医師は涙を拭いた後、ふとロルの(まぶた)が開いている事に気がつき、瞼を閉じさせた。


(おかしいな。昼間は閉じていたはずだが……。)


 そう思いはしたが深くは考えず、持ってきた(おけ)に入っている布巾を(しぼ)った。ぬるま湯が入っていて、それで顔を拭いてやろうと思ったのである。

 そして、振り返った瞬間(しゅんかん)。ぼんやりとした薄暗がりの中、ロルの瞼が開いたのを目撃した。さらに目がきょろ…と動いてベリー医師の方を見やる。


「! うわぁぁぁぁ!」


 思わずベリー医師は悲鳴を上げた。


「ぎゃぁぁぁぁぁ!」


 そして、眠って目覚めただけだと思っていたロルも、悲鳴を上げた。

 隣は医務室になっている。夜だったせいもあり、その悲鳴はよく聞こえた。シークの側にはロモルとモナがついていた。シークは一命を取り留めて、今は眠っている。ベイルは隊の仕事をしに行っていた。

 ロモルとモナは顔を見合わせた。一人はベリー医師の悲鳴だったが、なぜ、もう一人分の悲鳴が聞こえるのか?


「モナ、見に行ってこい。」


 先輩のロモルが言うと、モナは異変にさっと立ち上がって行きかけたが、立ち止まって振り返った。


「…なんで、俺が行かなきゃいけないんだよ。」

「早く行け。」


 モナはニヤリとした。


「まさか、怖いんじゃ…?」


 ロモルはさすがに憮然(ぶぜん)とする。


「お前の方こそ、怖いから行かせようとしてるんだろう。」

「…な、違うよ。怖いんだったら弱みを握ってやれるって思っただけだ。」


 モナの言葉にロモルが立ち上がった。


「…そんな言うんだったら、見に行ってくるよ。だけど、結局、お前も好奇心に勝てずに、どうせ見に行くんだろうが。そしたら、隊長の側に誰もいなくなるだろ。」


 行こうとするロモルをモナは抑えた。


「分かったよ、行ってくる。」


 モナは結局、見に行った。


「ベリー先生、どうしたんですか?」


 ベリー医師は、ぼんやりとした明るさの部屋の中、揺らめく影法師が映っている壁の前の、ロルが横になっている台を指さした。なんだか、放心状態のような感じだ。不思議に思いつつロルを見やる。

 すると、ロルはきょろと目を動かし、さらに首を回し始めた。


「!」


 言葉にならないほど(おどろ)いている間に、さらに首が回っていく。


「………も、な?」


 (かす)れた声が(かす)かにして、モナは回れ右をして部屋を飛び出した。不思議そうなロモルの前を素通りして、医務室の外に出て行く。その後、廊下で誰かにぶつかったような気配があったが、モナの異常行動にロモルは急ぎ、仮の霊安室に入った。


「!」


 ロモルは驚愕(きょうがく)の事態を目にした。ロルの死体がぐぐぐ、ときしんでいそうな感じで動き出し、起き上がろうとしている。ロモルは後ずさり、後ろの棚に激突して上から箱類が落ちてきた。


「うわぁぁぁぁ!」


 ちょうどベイルが医務室に入ってきた所だった。廊下で無言で走って行こうとしていたモナとぶつかった。そのまま行こうとしているので、慌てて襟首を(つか)み、医務室に投げ入れた。


「隊長の側についてろ。」


 おそらく様子からして、何があったか聞いても答えないと判断したベイルがモナに言い聞かせた所で、ロモルの悲鳴が聞こえた。

 ベイルは急いで仮の霊安室に入った。


 ロルは何が起きているのか、分かっていなかった。最初にベリー医師が何か言っている声で目覚めた。その後、ベリー医師と目が合うと悲鳴を上げて(おどろ)かれた。次にモナが入ってきたが、無言で部屋を出て行った。さらに先輩のロモルが入ってきたが、これもまた後ずさって悲鳴を上げた。


 ようやくここまで来たところで、ロルは自分がどうやら死んだと思われていることに気がついた。そして、みんなの(おどろ)きようにおかしくなってしまった。特にいつも言いくるめられたりする、モナが脱兎のごとく逃げ去った時はおかしかった。


(…次に誰がくるかなぁ。次の人も驚かせよう。)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良かった、死ななくて。 いや、マジで。
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