教訓、二十三。毒薬変じて薬となる、とは限らない。 14
2025/09/05 改
「この毒も植物なのですか?」
「はい。おそらく、この毒はサリカタ山脈の中層付近に生えている、パムという食虫植物の根茎から取れる毒だと思われます。この食虫植物はウツボカズラなどと似たような形状をしていますが、虫を溺れさせる水は少なめです。その水の中に虫が落ちた場合、毒で体が動かなくなります。虫の場合は割と毒の回りは早いのです。
人などの動物には、この水を飲んだくらいでは効きません。ねずみでもしばらくすれば回復します。しかし、根茎にはその毒が凝縮されており、この根茎を二十個から三十個ほど集めて精製すれば、かなり強力な毒となります。」
「…先生、つまり、二つの毒はどちらも猛毒な上に、手に入れるのが困難な“貴重な”猛毒だということですか?」
「はい、そうです。毒に精通している者がいるとしか考えられません。よほど、早く片づけたかったのでしょう。こんな毒を使うほど。」
ベリー医師は眠っているシークを見つめた。傍らではシェリアがじっと手を握ったまま、顔を見つめている。
「ヴァドサ隊長に言えば…彼が傷つくので言いませんが、オスター君が亡くなったのは、体格の差です。」
「どういうことですか?」
バムスはさっとベリー医師を振り返った。
「これらの毒は、ヴァドサ隊長用に計算されていた。彼が飲んだ時に、効果を発揮して死ぬように計算されていたので、ヴァドサ隊長より体格が小さかったオスター君には量が多かったのです。つまり、誰かが私のつけた診察記録を盗んだ。記録を写し書きして持っていった者がいます。」
バムスはベリー医師を見つめた。
「それは…まずいですね。つまり、殿下の情報も書き取られたということでは?」
「おそらく。もし、ヴァドサ隊長に毒を盛られていなかったら、気が付かなかったでしょう。これで、若様に毒を盛る場合も、緻密に計算して盛りやすくなってしまった。」
シェリアが発言した。
「鍵を取り替えましょう。今さらですが。」
「いいえ。そのままで結構です。知らないフリをお願いします。私達が気づいていないと思わせて油断させましょう。そして、偽の情報を盗ませる。一回で盗んでいるなら無意味ですが、しかし、たった一回で、若様の膨大な記録を書き写すのは厳しいでしょう。ヴァドサ隊長の分だってギリギリです。おそらく、体重などの基本的な部分だけを写し取っていった。
しかし、これだけ緻密に計算して毒を盛っているなら、ヴァドサ隊長の健康状態をもっと詳しく知りたいはず。その上で、毒を盛ったらどうなったのか、詳しく検証したいでしょう。」
カートン家家門の医師達は研究熱心である。その研究家がそう言うのだから、おそらく研究熱心な敵もそうなのだろう。
「では、サグかヌイにここを見張らせておき、誰もいない時に盗みに入ろうとした者を捕まえさせましょう。」
「…おそらく、動くのは宴会の時ですわね。誰もいなくて手薄ですから。」
「そうでしょう。」
シェリアの言葉にバムスは頷いた。
「……先生。私に言われるまでもないかと思いますが、ヴァドサ殿を必ず助けて下さい。まだ、予断は許さないでしょう?なんせ、貴重な猛毒ですから。」
「もちろんです。」
ベリー医師の不機嫌そうな表情で、そろそろ出て行く時間だと理解したバムスはシェリアを促した。シェリアは心配そうにシークを見つめ続けている。
「シェリア殿、参りましょう。」
「…ええ。もし…ヴァドサ殿が亡くなったら…絶対に許しませんわ。もちろん、先生ではありませんわ。お金を払ってヴァドサ殿を亡き者にしようとした者どものことです。」
涙が浮かんでいる瞳の奥に、危険な光が煌めいている。久しぶりに見た彼女の目を見て、起こしてはいけない猛獣を完全に目覚めさせたと感じた。女性だからと侮ってはいけない。彼らは彼女を侮ったのだ。そして、バムスは彼女に協力を依頼されたら、協力する。
「それでは、お邪魔致しましたわ、先生。」
シェリアは優雅に礼を述べると、先だって部屋を出る。
「…何かが目覚めたようです。」
ベリー医師も感じたのか、そんな言葉を漏らしている。
「ええ。彼女の中の獅子でも目覚めたのでしょう。」
バムスは言うと挨拶をして出た。シェリアでないが、バムスも久しぶりにいささか怒っていた。王の怒りを買っても、構わずに行動を起こした。それだけ、親衛隊の隊長が邪魔になったということだ。
(…私もいささか怒っている。知りませんよ、これ以上のことをしたら。私もあんなに真面目な人に死なれたくないので、少々きつめの手段を講じることになります。)
バムスは誰か分からない敵に向かって、心の中で言ったのだった。




