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教訓、二十三。毒薬変じて薬となる、とは限らない。 13

2025/09/03 改

「殿下は…本当に急激に成長されておられる。」

「…ええ。そうですわね。本当に優しい子。つい、我が子のように接してしまいそうになって…。」


 シェリアの胸には、複雑な気持ちが広がっていた。グイニス王子は鋭い子だ。シェリアにはシークを渡したくないとはっきり告げた。このままでは、彼を渡さなくてはならなくなると思ったのだろう。


 成長しているのは嬉しいことだったが、同時に少しだけ憎くもあった。だが、シェリアはグイニスには、穴埋めするとはっきり決めている。だから、彼の望みを叶えるつもりだ。それに、きちんと話すことさえできなかった子が、自分の気持ちをはっきり伝えてきたのだ。


 大人らしく引き下がるつもりだが、その前に今はできるだけ、シークに会いたかった。彼に毒を盛るとは。親衛隊に毒を盛るなど、もってのほかだ。王の軍の親衛隊なのである。つまり、下手をすれば王の不評を買うことになる。それでも、その手を使った。シェリアは拭いきれない不安を抱えながら、バムスと医務室に入った。


 人の気配に振り返ったベリー医師が、不満そうに二人を見やる。


「…先生、長居をするつもりはありませんし、ただ様子を見に来ただけです。それに、ヴァドサ殿よりも先生にお伺いしたいことがあるのですよ。」


 バムスの説明にベリー医師は(うなず)いた。


「……先生、本当に大丈夫なのですか?」


 シェリアが不安そうに尋ねた。眠っているシークの顔色は薬で少し良くなって、土気色と青ざめた顔色の中間くらいに戻っていたが、初めて見た人にしてみれば、最高に顔色が悪い。


「それでも、少し顔色が戻ったのです。もっとひどかったので。」

「……まあ、本当になんてことに。」


 シェリアは言ってシークの手を握り、涙をこぼした。その様子を見て、ベリー医師はまさか本当に彼を好きになってしまうとはと思う。


「先生、ところでヴァドサ殿が盛られた毒は一体、何だったのでしょう?」


 バムスの問いにベリー医師はため息をついた。


「はっきりした事は分かりません。特定できなかったので。私達は毒使いなどと言われておりますが、実際の所、人に使われた毒を特定し、解毒するのは非常に難しいのです。これだと、明確に特定できるものがない。

 推測で解毒するしかなく、この毒きのこを食べて具合悪くなったとか、はっきり現物がないことが多いので(むずか)しい。食あたりの毒ではなく、毒殺しようとして多くが使う砒素(ひそ)などでもない。」


「…なるほど。つまり、多くの人が毒殺しようとして使用する砒素ではなく特殊な毒で、使用する際には専門の知識が必要ということですね。」


 説明しすぎたとベリー医師は思ったが、どうせ隠しても無駄か、と開き直って全部話してしまうことにした。バムスもシェリアも切れ者なので、隠しておくことはできない。


「そういうことです。…まあ、おおよその推察でしかありませんが、ご説明しましょう。私の推測では、二種類の毒を混ぜてあると思います。」

「二種類の毒を?」


「はい。即効性の毒と遅効性の毒です。どちらも猛毒なので、誰も混ぜようと思ったことがありませんでした。私の推測では、本当に最悪の組み合わせの毒を混ぜたと思っています。」

「どんな毒なのですか?」


「即効性の毒の方は、おそらくツリツリという、リタの森からサリカタ山脈の(ふもと)にかけて自生する、きのこが放出する毒の胞子によるものでしょう。

 このきのこは、胞子を放出しない限りでは食べられるきのこで、リタ族も珍味として食べるきのこなのですが、晩夏から秋にかけて胞子を放出し始めると、大変危険です。そのきのこを食べようと、やってきた猪や鹿などの動物が、きのこを一口食べただけで死にます。そして、死んだ動物を栄養源にして増殖します。


 カートン家でも長らく、ツリツリが毒きのこか食用きのこか分からなかったのですが、胞子が危険だと分かるようになりました。リタ族やサリカタ山脈近くに住んでいる森の子族達が、胞子を集めて毒矢を作っているのが分かり、やがて非常に強力な毒として知られるようになりました。


 裏の世界では、ツリツリの毒は高額で取引されます。耳かき一杯で雄牛一頭が死ぬと言われている毒です。

 ただ、こうして人が自然意外で毒を使うようになって、分かったことがあります。ごくたまに生還者がいて、何十年かに一回ほどで…私も記録に書かれていたのは、三件しか見ませんでしたが、生還者がいるということです。そのうちの…明確には一件、もう一件の事案はたぶん、という記録でしたがドクダミの生汁か生葉を摂取していた場合に限り、生還したようなのです。」


 カートン家の医師に、薬草や毒草の話をさせると長くなると分かっているので、バムスは黙って聞いていた。


「つまり、ヴァドサ殿は、その珍しい生還者の三件目か四件目に当たると?」


「…明確には言えませんがおそらく。しかも、彼の場合、ツリツリの毒だけではありません。遅効性の毒も猛毒です。

 症状からして、この毒は後からじんわり効いてくる毒で、全身の筋肉を弛緩させる毒なのです。最初は(しび)れたような感覚がし、しかし、効き始めると早く、あっという間に全身の筋肉が弛緩しはじめ、呼吸も出来なくなり心臓も止まってしまいます。」


 ベリー医師はそこで一旦、話を区切った。

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