教訓、二十三。毒薬変じて薬となる、とは限らない。 9
2025/08/19 改
フォーリは急展開の状況に、さすがに緊張していた。若様でなく護衛のシークの方の暗殺を狙ってきた。いずれそうなるだろう、ということは分かっていたし、想像していたが予想より早かった。
若様はシークに毒を盛られたと聞いて、真っ青になって震えた。その上、シークの部下が彼の朝食を間違って口にした後、亡くなったと知り涙を流した。
若様は分かっている。自分を追い詰めるために、周りにいる人を打ってきたのだと。若様の動揺ぶりに、この手段は若様にとって、最も打撃を与える手法だとフォーリは確信した。若様が心を開いた愛する人達、彼らが傷つくのがとても怖い。武術では勝てないから、毒で来たのだと若様は分かっている。若様が動揺するのは分かっているつもりだったが、ここまで動揺されると焼き餅焼きのニピ族としては、少し嫉妬してしまう。
「…フォーリ、どうしよう。もし、ヴァドサ隊長が死んじゃったら…。」
若様は小さく震え続けている。
「大丈夫です、若様。」
フォーリが若様に合わせてしゃがんだ所で、少し離れた後ろからベイルが言った。隊長がどうであれ、任務をきちんと行っている。みんな本当はとても不安だろう。だが、“遊び”で若様と距離が縮まった彼らは、不安を微塵も見せずに任務を行っていた。
「隊長は…丈夫な人です。ですから、きっと大丈夫です。初動の手当も早かったですし、きっと大丈夫なはずです。腹が減ったと言って、ベリー先生をびっくりさせたくらいなんですから。」
「……うん。」
その時、シークの部下のラオ・ヒルメが走ってきた。
「失礼します。隊長のことで朗報です。」
「どうした?」
入ってきたラオにベイルが先を促した。
「隊長は一命を取り留めました…! なんとか無事に…助かりました。」
ラオの両目は潤んでいる。
「あぁ、良かった……!」
「…ほ、ほんと?」
若様の不安そうな声に、ラオは大きく頷いた。
「本当です。私も泣きそうなくらい、嬉しいです。詳しいことはまだ分からないので、後でまたご連絡を致します。」
そう言って退室した。フォーリも内心、かなり安堵した。若様の護衛はシーク以外にあり得ない。彼ほど熱心に護衛してくれる人は、今後現れないだろう。そう、下心がなく純粋に、若様のことを考えて護衛してくれる人は。
だから、死なれたら困る。いきなり、危機に陥ってどうするのだ。彼が元気になったら、そう詰め寄りたい所だが、自分達にも落ち度はあった。もっと気をつけるべきだった。分かっていただけに、なんだか嫌な気分になる。ずっと、何者かに先手を越され続けている。
謎の組織の黒帽子に。おそらく、シークの毒もその組織が関与しているだろう。なぜ、毒で来たのか。寝込みを襲えない上、ニピ族と対戦して、五対一の状況でも四人を倒すほどの腕前だと分かったからだ。
だから、先に“武”意外のもので殺しにかかった。しかも、フォーリには分かっていた。あの手合わせの時、シークは一瞬痛みに動きを止めた。言い訳の一つもしないが、本当は背中の傷痕に石か何かが当たったのだろう。
本当に悔しい。フォーリ自身にシークのような才能と能力があれば、もっと強くなっていて、若様をもっと危険にさらさずに済んでいるはずだ。
しかも、シーク自身はなぜか能力がないと思っている所が変だ。おかしい。親がそう仕向けたとは言え、どこかで気づいてもおかしくないのに、なぜ、気づかないのか。そこまで考えて、シークが十五歳で国王軍に入ったことを思い出した。十五歳で親と離れる生活を始めるのだ。もしかしたら、どこか鈍いのでそのせいで気が付かなかったのだろうか。
とにかく、彼が生きていて良かった。
「ねえ、フォーリ、ヴァドサ隊長のお見舞いに行こうよ。…それとも、邪魔になる?」
心配そうな若様の顔を見て、フォーリは自然と笑顔になった。
「そうですね、ベリー先生の許可が出てからにしましょう。その方が無難でしょう。」
「…うん、分かった。」
「それより、若様、少し外を散歩しませんか? ここの所、ずっと屋敷の中に籠もりっぱなしです。少し息抜きをしましょう。ヴァドサが無事だと分かったことですし。」
「……でも。」
ラスーカとブラークの家臣達が色々、シークの悪口を言い歩いているので、嫌な気持ちになるから出たくないのだろう。
「裏口から行きます。昨日、ノンプディ殿に裏の出入り口の鍵をお借りしました。それなら、静かに中庭に行けます。」
フォーリが言うと、若様は顔を輝かせた。
「ほんと? それなら行くよ。」
フォーリは頷いた。若様と一緒に散歩に出るが、ただの散歩ではない。若様には知られずに周りの状況を確認するためと、陰で支えてくれる他の仲間達と連絡を取り合うためだ。
こうして、フォーリは外に出て状況を仲間に伝えた。仲間も状況を教えてくれる。明後日にラスーカ・ベブフフとトトルビ・ブラークが到着することを。親衛隊の隊長をずっと狙っているので、何か起きるかもしれない、とも注意をされた。
よく分からない何者かが、二人と一緒だということも分かった。黒いマントに黒い帽子に黒い覆面で何一つ分からない。しかも、不用意に近づくこともできないほど、気配に敏感で用心深くて慎重だという。
フォーリは了承したことを仲間に伝えると、若様の護衛に集中した。




