教訓、二十三。毒薬変じて薬となる、とは限らない。 7
2025/08/12 改
ふと、シークは周りの騒がしさに目を覚ました。
「……でも、先生。」
「…隊長が知ったら…。」
「しー。目を覚ますかもしれない。」
「でも、ロルは…。」
「亡くなったと伝えるしかありません。」
話し声はベイルとモナとロモルとベリー医師だ。
(……亡くなった?)
シークは嫌な予感がした。胸がぎゅっと痛くなる。具合悪い体を押して起き上がった。シークが起き上がった気配に、話していた一同がはっとして振り返る。気まずそうに目を伏せ、視線が目の前の寝台に移った。
「…オスターは?」
声が掠れる。心臓の鼓動が早くなる。呼吸も浅くなった。
「彼は亡くなりました。」
ベリー医師が固い声で答えた。
「……とても、残念です。」
一瞬、心臓が止まったような気がした。胸を矢で射貫かれたように、心臓が痛かった。誰かが死ぬのはとても辛い。特に見知っている人で、大切な部下だった。しかも、シークが食べるはずだった料理を間違って食べて死ぬなんて。
シークは急いで寝台から下りたが、足下がふらついた。まだ、体が鉛のように重くて言うことを聞かない。ロモルが急いで支えて、ロルが横たわっている寝台の前の椅子に座らせてくれた。
ロルの顔色は悪いままだった。むしろ、さらに悪化して黒くなっている。生きている方が不思議だという顔色だ。
「…オスター。」
声をかけるが当然、返事はない。ロルの手を握ると体温は全くなかった。氷のように冷え切っている。もう、死後硬直が始まっているのかと思うほどだった。
隣にいたのに、死に際を目にすることができなかった。自分は眠っていたのだ。そう思うと涙を堪えることができなかった。
「どうして、どうして、起こしてくれなかったんですか…!」
「あなただって、重傷なんですよ! 起こしたら、きっと無理をした…! 二人同時に具合悪くなったら、もっと手の施しようがないでしょう!」
思わずシークが怒鳴ると、ベリー医師に怒鳴り返された。
「あなたが生きているのは不思議だ。奇跡的に生きているんです…! もし、私が行かなかったら、あなたはあそこで死んでいた…! 本当にぎりぎりでした…! 薬を煮出す時間だって惜しかった…! 煮出している間に死なないか、本当に不安でした…!」
そう言われて、言い返す言葉が見つからなくて、シークは押し黙った。ベリー医師は涙こそ見せないもの、彼も泣いているような気がしたのだ。
「…ですが、なぜ、オスターが?」
後は涙で言葉にならない。
「彼の方が、毒を食べた量が多かったんです。あなたは水しか飲まなかったが、彼は食事の中に混ざっていたので。全部食べませんでしたが、それでもあなたよりも多く食べてしまった。あなたと同じように処置をしましたが、基本的な体力の違いも生死を分けたのだと思います。」
ベリー医師の話を聞いている間も、涙が止まらなかった。
「あなたを起こせば、きっとあなたは無理をする。あなただって、死ぬかもしれないんです。きちんと解毒できているのかどうか、全然分かりませんから。そもそも、何の毒か分からなかったんです。おおよそしか分からない。想像ではきちんとした治療はできません。」
ベリー医師の説明は、確かにそうなのだろうと思う。だが、どうして助けてくれなかったのだろうとも思ってしまう。自分は助かったのに、なぜ、ロルは死んでしまったのか。信じられなかった。つい、昨日まで元気にしていたのに。
「…すまない、ロル。やっぱり、早くに故郷に…帰すべきだった。お前には…向いてなかった。お前が怒っても……帰していれば…死ぬことはなかった……。」
しゃくりあげながら、冷たいロルの手を握って、答えることのないロルに話した。後悔ばかりが胸に押し寄せる。シークの悲しみように、誰も何も言わずに黙っていた。泣いていると、だんだん胸が苦しくなってきた。
「…隊長、大丈夫ですか?」
シークの異変にロモルがすかさず聞いてきた。
「……大丈夫だ。」
「だめです、すぐに寝てください。」
ベリー医師が許さなかった。
「今日、二人も私に死なせるつもりですか? 私だって死なせたくありません。」
固い声で言われて、仕方なくシークは横になった。なんとなく、全身が痺れるような感じがする。
「……せ、先生、なんだか…全身が、痺れてきたような…感じが、します。だるいような、変な感じで…力が入らない感じです。話すだけで…息苦しい…感じが…。」
シークが立っているベリー医師に言うと、彼の顔色がさっと変わった。
「まずい!」
ベリー医師は叫ぶと、急いで薬箱から何か取り出した。まずは急いで鍼を打たれた。全身に打たれ、灸も据えられた。さらに、何か強い匂いのする香りも嗅がされ、側に立っているモナに口で指示して薬を煮出させる。
だが、だんだん眠くなってくる。意識がすーっと遠のいていく感じだ。気持ちがいいような、ふわふわとした感じがする。
「寝るな!」
ベリー医師に怒鳴られ、痛みが走るツボに鍼を打たれた。
「ぎゃぁ! いてぇぇ!」
「まだ、痛みを感じているな。よし!」
何がよし!だ、こっちは死ぬほど痛かった。まだ、鍼を打たれた所がずきずきしている。しかし、じきにまた眠くなってきた。なんかこのまま眠ってしまいたい衝動に駆られる。
「寝せないでください! とにかく、叩いてもなんでもいいから、寝たら向こうのあの世に行ってしまいますよ! 踏ん張らせて!」
「先生、さっきのツボに鍼を打ったらダメなんですか!?」
「もう一回打ったら、今度はとどめを刺すかもしれない…!」
みんなにつねられたり、叩かれたり、慌ててできたての熱すぎる薬をこぼされて火傷したり、さんざんな目に遭ったのだった。




