教訓、二十三。毒薬変じて薬となる、とは限らない。 5
2025/08/08 改
食事が運ばれてきて、シークの席に食事が並べられる。モナができるだけ早くと言ったせいで、並んだ側から食器を取ろうとしているロルを慌てて止めた。気が付かれたと勘づかれて、引っ込められたら困るのだ。
みんなの席にも並べられ、領主兵達が他の部屋で食器に注いできた盆を持って入って、騒がしくなってきた所で、モナは合図をするとロルと二人で急いでロルのと交換した。水も全て交換した。
「何やってんだ、お前達?」
他の隊員達に不思議がられたがモナがしっと合図をすると、とりあえずみんな黙った。
「ちょっとだぞ。二、三口だからな。」
もう一回、モナはロルに言い聞かせる。ベイルの失敗は、モナがすぐに他人に押しつける、ことを念頭に入れていなかった点だ。きつく言えばその通りにするだろう、というのは甘かった。
「分かった。頂きます。」
ロルは嬉しそうに食べようとした。
「待て、そんな一口があるか。もっと少なくだよ。」
ロルは一口をでかく食べようとしたので、慌ててモナは止めた。モナが取った量を見てロルは不満そうだったが、その通りに食べる。全ての皿の料理を二、三口ずつ食べさせた。
(後は普通に食ってもいいのか…だめだよな。食べたら。きっと何かあるはずだからな。)
モナがちょっと考えている間に、ロルは水を飲んでいた。しかも、半分ほども飲んでしまっていた。
「…モナ、自分の分を食べたらだめか?」
当然、そんな質問が出るだろう。でも、今はそれどころではなかった。さすがのモナも青ざめた。シークが飲んだのは水くらいだと分かっていた。だから、水が一番危ないかもしれないと分かっていたのに。食事を始めたら水のことを忘れていた。
「…馬鹿、なんでそんなに飲むんだよ…!」
思わず大きな声を出してしまう。
「え、ごめん、だって水は言われなかったから。」
周りにも注視されて仕方なくモナは、はあとため息をついた。ロルはまだ何もないようだ。その間にモナも食事を始める。何かあったら、すぐに動かなくてはならないからだ。
「ええ、お前だけずるい。なんで、俺は食べたらだめなのに。」
ロルが子どもみたいに文句を言った。
「…ちょっと待ってろって。様子を見てるから。」
「ええぇ。」
ロルは言っていたが、じきにモナの食事を横取りし始めた。隊長のシークの分がなくなるので食べてもいいか聞いたものの、交換した自分の分には手をつけないでいる。仕方ないので大目に見てやる。
「どうした?」
しばらくすると、ロルが胃の辺りをさすり始めた。
「なんか、チクチクするっていうか。」
やっぱり毒が入っていたのだ。モナは急いでロルの様子を確認する。
「大丈夫か?」
「…だい…じょうぶ。」
と言った割には、ロルの額に汗が浮かんでいる。
「大丈夫じゃないだろ。」
「だって、急に具合が悪く……吐きそう。」
モナは急いで辺りを見回すと、空になった大皿を持って歩いている給仕の女性を見つけ、その大皿を|引ったくった。
「ちょっと、何をするんですか…!」
「すみません!」
モナは急いで吐きそうなロルの前に差し出した。間一髪…! その大皿の中にロルは吐いた。文句を言っていた給仕の女性も納得する。吐瀉物を見て、モナは一瞬、言葉を失った。鮮血が混じっている。
「おい、どうした!?」
仲間達がみんなロルとモナを見つめ、隊長の料理と取り替えていたと知っている面々は青ざめた。
「まさか…!」
「お前、食ったの隊長の分だろ…!」
「モナ、お前、どういうことだ!」
「落ち着け、まずはベリー先生のところに連れて行く! それから、ロルが食っていた飯は絶対に捨てるな! ジルムとハングはさっき頼んだことをやってくれ!」
静まりかえった食堂で仲間達が騒ぐのを大声で遮り、モナは次々と指示した。
「それから、副隊長を呼んでくれ! ベリー先生がどこにいるか、聞かないと!」
「私はここにいる。どうした?」
ちょうどベイルが食事にやってきた所だった。
「さっき副隊長が言われたとおり、二、三口隊長の食事を食べたらこうなりました。」
苦しんでいるロルを抱えてモナはベイルに報告した。ベイルはモナに頼んだらこうなることを忘れていたが、モナは戦力なのでダメであったことも思い出した。自分がそこにいなかったせいだ。
「分かった。スーガ。お前はここに残って事態の収拾を図れ。アビング、カンバ、オスターをベリー先生のところに連れて行く。担架を持ってこい。」
すぐに担架が運ばれてきて、ううーんと唸って体を丸めているロルを乗せた。ベイル達が行ってしまい、それを見送ってから食堂内は騒がしくなった。
「一体、どういうことだよ!」
「おい、どういうことだ、スーガ!」
モナはみんなに詰め寄られる。
「今、見たとおりだ。副隊長に頼まれて、隊長の朝食をロルのと取り替えた。そして、ロルに二、三口ずつ食べて貰った。そうしたら、ああなった。分かるだろう。誰かが隊長の食事に毒を入れたとしか考えられない。おそらく、ベリー先生に副隊長も頼まれたんだろう。隊長が頼むわけないし。」
モナはやや大きめの声で言った。
「若様が具合悪いみたいで、その上、隊長の食事にも毒が入れられてたってことだ。」
さらにモナが言うと、一瞬、言葉を失ったみんなは顔を見合わせた。
「……つまり、誰かが殿下の暗殺を企み、その上、親衛隊の隊長の暗殺も目論んだ。」
シェリアかバムスの領主兵の誰かが言った。
「そういう可能性があるということだ。」
あくまで可能性論にモナは持っていく。そうでないと大変だ。
それでも、一気に食堂内がざわつく。そして、ほぼ一斉にトトルビ家とベブフフ家の領主兵達を見やった。彼らの人数はまだ少なかったので、食堂の様子を伺っているくらいしか来ていなかったが、一気に見られて図太い彼らもさすがに食堂から出て行った。
こうして、朝から食堂内はざわついたのだった。
「お前、どうするんだよ、事態を収拾しろって言われたのに大きくなってるぞ。」
アトー・バルクスが慌てている。
「いいや、収拾したじゃないか。」
けろっとしているモナを、呆れてアトーが見つめる。
「だって、これで敵は若様にも隊長にも毒を盛りにくくなった。こんな状況じゃ、盛りにくいよなぁ。」
モナはニヤリと笑う。
「お前、性格悪いな。」
「今頃、言うか。」
「副隊長は分かってるさ。だから、スーガを置いてったんだ。」
ロモルが向こう側から言った。
「あぁ、そうだな。副隊長って見かけによらず、性格悪いよな。」
「それも今頃、言うかって。」
みんなは笑い合う。実はシークがすでに毒を飲んでしまったと知らないからだった。ロルのことも大丈夫だと思っていた。
モナは内心、本当はシークの所に行きたかった。ロルのことも気になる。少ししか食べなかったのに、吐血していた。
性格の悪い人間の責任として、知らないフリを徹底することにしたのだった。




