教訓、二十三。毒薬変じて薬となる、とは限らない。 4
2025/08/08 改
その頃、シークが食べるはずだった朝食を、誰かが二、三口食べた所で持っていく任務を託されたベイルは、誰にするかで悩んでいた。二、三口で食事を終わるには、理由を伝えなくてはならない。しかし、理由を伝えれば、食べる勇気が出るだろうか。食べないかもしれない。
考えながら歩いていると、モナがフォングー・ジルムという隊員に馬の世話を押しつけたらしいことが分かったので、モナに灸を据えることにした。モナを呼んで、シークが食べるはずだった朝食を代わりに二、三口食べた後、確保しておくように言った。
当然、モナは訝しむ。ベイルは有無を言わせず、二、三口食べた後は、確保して自分の所に来るように言いつけた。
ベイルはシークの代わりにしなくてはならない、事務仕事の書類を確認してから朝食を取ることにした。食べながら頭の中で、次にどうするか手順を考えておくためだ。少し不安だったが、とりあえず言われたことはするだろうと、一旦、部屋を出た。
一方、残されたモナは考えていた。
(ぜっったいに怪しい。だって、毒味だろうが、これ。)
大体、朝から隊長のシークの姿を見ていない。朝から起きた後、屋敷中の見回りをしている。その後に馬の世話をして、馬場で馬を走らせて剣の素振りなどをし、それから朝食を取る。
必ず隊員達はどこかでシークの姿を見ているのだが、今日は誰も見ていない。しかも、副隊長のベイルがベリー医師に呼ばれた後、深刻な表情でシークが食べるはずだった朝食を、二、三口食べた後、確保して言いに来るように、という妙な命令を出した。
つまり、大事にしたくない状況が起きているということだ。シークが毒を口にして倒れ、ベリー医師がどこかで治療中ということしか考えられない。朝起きた後、隊長のシークが口にする物は水くらいだ。おそらく、水に何か入っていたのだろう。
朝食を確保するのは、毒が入っていれば何の毒か確かめるためのはずだ。だが、このままでは敵が毒を入れないのではないか? だって、もうじき朝食の時間なのに、誰もシークの姿を見ておらず探しているのだ。成功したと思えば、敵も毒を入れないだろう。
モナは一計を案じた。さっき、副隊長のベイルと話していたことを利用し、食堂に集まっているみんなに少し大きな声で話す。
「どうやら、隊長は若様のところに行っているから、少し遅くなるようだ。」
モナの言葉にみんなが納得した。
「どうりで、姿がないわけだ。」
「具合悪いのか?」
「さあ、よく分からないけど、ちょっと調子が悪いみたいだ。」
そういうことはよくあるので、みんな疑問に思っていない。仲間達の間に隊長の姿がない理由が伝わっていく。それは、バムスの領主兵達やブラークとラスーカの領主兵にも、話は広がっていた。
その間にモナはさっき仕事を押しつけたフォングーと、オスク・ハングという隊員を手招いた。フォングーは子どもの頃の事故で、耳は聞こえるが話すことができない。牛に飛ばされて舌を噛んでしまったという。シークの隊に来るまでは、だいぶ肩身の狭い思いをしていたらしい。
「食事が運ばれてきたら、ちょっと騒動が起きるからさ。部屋を出ようとするヤツを捕まえてくれ。」
「なんで? 騒動って何だ?」
オスクが不審そうに聞き返した。彼はいつも大人しいが、どこにも溶け込むことができ、地図を書くのも上手い。
「まあまあ。ちょっとな。副隊長に頼まれたことに関してだよ。」
適当に答え、もう一人ロルを呼んだ。
「お前に頼みがある。隊長の食事が運ばれてきたら、確保しておいてくれ。」
「ふーん。分かった。確保しておけばいいんだな。」
ロルは深く考えない。さらにひそひそと耳打ちした。
「できれば、二、三口食べた方がいい。」
「…なんで?」
さすがのロルも聞き返した。
「隊長の飯が減るじゃないか。」
「まあ、ちょっと確認があってな。副隊長の頼みなんだよ。誰にも言うなよ。」
「ふーん。」
「さらに、隊長の飯が来たらできるだけ早く、自分のと交換しろ。そして、できるだけ早く食ってみろ。」
親衛隊には料理が配られる。他の領主兵達とは別にされていた。領主兵達はもう少し粗末な食事である。親衛隊が終わってから、彼らの食事が本格的に始まるが、今は人数が増えているので一緒に食べていいとシークが言ったため、彼らも食堂に入ってきている。
「よく分かんないけど、分かった。」
何も知らないロルは承諾した。結局、ベリー医師が言った通り、あまり仕事に差し支えない人選になったのだ。
少しいつもより遅れて、食事が運ばれてきた。いつもより人数が多いため、厨房での用意が間に合わないというのもあるだろう。それだけでなく、きっとシークに入れる毒を用意していたから、遅くなったのではないかとモナは疑っていた。
明らかにトトルビとベブフフの関係者が来るようになってから、様子が変である。隊長のシークをトトルビとベブフフの家臣は、事あるごとに呼び出して嫌味を言い、使用人のように用事を言いつけたりして、シェリアとバムスの不興を買っていた。
フォーリはピリピリして、初対面の時のように鉄面皮に戻った。若様はあまり部屋から出なくなった。大きな目をますます大きく瞠って、怯えている。
それが、ここにきてシークの異変だ。ベリー医師が内緒にしたいのも分かる。




